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中能登町(中能登地域)への思い

[OUEN Japan]は、中能登地域(中能登町、七尾市、羽咋市)を過疎地のモデルの地域にしていく応援団になりたいと思う。中能登町は私のふるさとであり、中能登町(中能登地域)の応援団長になることが、私の"ふるさとに錦を飾る"ということであろう。

思いつくまま

①中能登町に生まれて良かった、中能登町にずっと住み続けたい、中能登町は、"郷土愛"を持つことができる魅力ある町だ。
中能登町を町民の皆さんがそのように思う町にする。

②首都圏や関西の大学に進学しても、卒業したら中能登町(中能登地域)で就職するか、起業するかして、"Uターン"して、能登半島を活力ある地域にしたいと思う。

③ふるさとの奥能登は仕事もなくて、東京への時間距離も遠い。中能登地域だったら東京まで3時間半。生まれた奥能登にも近い。仕事もある。中能登地域に"Jターン"しようかと思う。

④能登を旅行して、能登の里山里海に魅力を感じた。能登とのご縁はないが、テレワークもできる時代だ。能登の人は、穏やかで、温かく、優しい。"Iターン"して、ストレスのない中能登地域に住んでみたいと思う。

⑤能登の里山里海は、自然と共生している地域だ。ゆったり、ゆっくり、"悠々自適な老後を過ごすことができる地域"のようだ。まだまだ元気だ。今までのキャリアを活かすことができる仕事がある。生活していくのに不便は感じない。医療機関も充実している。老後の心配もない。

観光地としての中能登町のイメージは全くなかったが、古墳文化や平安時代からの由緒ある祭りもある。七尾市〜中能登町〜羽咋市にまたがる邑知地溝帯(鹿西平野)には、国の重要無形民俗文化財に指定された「氣多の鵜祭の習俗」の一環である「鵜様道中」という行事がある。
また、里海がある隣の七尾市や羽咋市にも車で20分もかからない。海山の幸は豊かだ。
中能登町は、潜在的魅力を顕在化させる創意工夫を加えることで、ピカッと光る観光地になる。

鶉様道中(七尾〜中能登〜羽咋)

⑦明治維新以降、表日本は太平洋側になったが、それ以前は日本海側だった。日本海は東アジアの内海だったのだ。歴史的には、能登は日本の玄関口として重要な役割を果たしていた。
中国(東北部)や朝鮮半島とのインバウンドビジネスにも光を当てることを考えたらいいのではないか。

遣唐使の航路


8世紀の東アジア

⑧空き家の有効活用として"古民家の民宿化"を考えられないか。福岡県うきは市には、うきはの宝(株)という"ばあちゃんベンチャー"があって、社員の平均年齢は80歳だと言う。
中能登町でも元気な高齢者の働く場をつくっては如何か。和気藹々と老若男女が共に手を取り合って働くモデルの町を目指しては如何か。

来週の中能登町での打ち合わせには、こんな[OUEN Japan]の思いをお伝えして、ディスカスを重ね、問題点を浮き彫りにして、できるところから具体化していくことができたらと思う。

20日の日めくりカレンダーの稲盛和夫語録集は[自ら燃える]だ。

[自ら燃える]

物には可燃性、不燃性、自燃性のものがあるように、人間のタイプにも火を近づけると燃え上がる可燃性の人、火を近づけても燃えない不燃性の人、自分でカッカと燃え上がる自燃性の人がいます。
何かを成し遂げようとする人は、自ら燃える情熱を持たなければなりません。
高校野球では、心から野球の好きな若者たちが、甲子園という大きな目標を目指し、一丸となって生き生きと練習に励んでいます。その姿には、未来への可能性とエネルギッシュな躍動が感じられます。彼らは自ら燃える自燃性の集団なのです。
自ら燃えるためには、自分のしていることを好きになると同時に、明確な目標を持つことが必要です。

昨日、副団長がLINEで下記の箴言を送ってきてくれた。
私も「この人にならついていきたい」と思ってもらえる人間的魅力溢れる"一角の人物"になりたいと思う。そのためには終わりのない自己研鑽が不可欠だ。

月刊「致知」

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

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