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杉本英之さんのこと

久しぶりに杉本英之さんにお会いした。丸坊主にしてから北九州市役所に伺った記憶があるから、1年ぶりくらいだろうか。

杉本さんは、いつもOUEN blogを読んでくださっていて、私がたびたびアンナのことを blogで書いているので、「アンナさんにお会いしてみたい。是非、ご紹介していただきたい」ということで、私たちが小倉(北九州市役所)に出向くところを、わざわざ新幹線で、小倉から博多までお越しいただいたのだ。奇特なことだ。ありがたい。

杉本さんさんは北九州市役所にお勤めで、現在は環境局総務政策部総務課長を拝命されている。
杉本さんには、【OUEN塾】では大変お世話になった。

福岡県での【OUEN塾】の第1回は、福岡市のみで開催した。
たまたま、私の友人のつながりで、福岡市の企業に加えて、安川電機さん(北九州市黒崎)にもご協賛いただいた。
無事、第1回を終え、同社の柴田部長にお礼に伺った時、柴田部長から、
「第2回からは安川電機だけでなく、他の北九州市の企業も入れて開催したらどうか。
北九州市役所を紹介する。北九州市は企業誘致に力を入れているから、相応しい何社かご紹介してくれると思う」
と言われて、北九州市役所をご紹介いただいた。
そんなご縁で、杉本さんと知り合ったのだ。

杉本さんは明治大学卒。応援団シンパ。私とは一回り以上も若い。同年代でないが、それでも、東京六大学応援団連盟の記念誌に私のことが書かれていたことをご存知だった。
他大学の応援部員をご存知とはまるで応援団オタクだが、私としては、嬉しく、ありがたいことだ。

人は「合わせ鏡」だ。
私は、まず私からオープンになって、相手の方がそれに反応してオープンになってくださるというのがほとんどだ。しかし、杉本さんの場合は逆だった。
彼が、私に向かってオープンに接してくれた。それに私が反応したという、私にとっては滅多にない、珍しいケースだった。
だから、出会いの時の印象は強烈に残っている。

そんなことで【OUEN塾】の第2〜第3回は、【OUEN塾 in 福岡・北九州】と銘打って、福岡市と北九州市の企業に協賛いただき、盛会裡に終えることができたのだ。
その後、コロナ禍で休眠を余儀なくされているが、来年以降、ニュースタイルで再開しようと思う。

兎に角、OUEN Japan は日本人大学生と来日留学生の応援団としてスタートした。そして、協賛いただいた企業の皆さんと学生たちとが共同・協働して、地域創生の一翼を担うことを目指している。
コロナ禍前の【OUEN塾】のカリキュラムは、例えて言えば、大学の教養学部のようなものだったが、これからはそれをレベルアップして、専門分野の【OUEN塾】を目指したいと思う。
それが学生にとっても企業にとっても、ウェルカムなことではないかと思うのだ。

その切り口として、SDGsの時代、女性活躍で地域を元気にすることだ。
男性がリードして社会をつくっていく時代は過去のものになった。男女が、対等な立ち位置で、共同・協働することで、今までの一つが二つにも三つにもなる。そんな当たり前のことが、今までは当たり前でなかった。

私はアンナと出会って、やっとその当たり前のことが日本ではそうでなかったことが、ストンと腹落ちした。そんな意味でも、彼女は私のメンターである。

彼女を核にして、地域創生のサポートをしていきたい。そのスタートを、福岡県からしたいと思う。
是非、杉本さんにも彼女への強力なサポートをお願いしたいと思う。

人間は、日々成長する。心を素直にすれば、日々成長することができる。
私にとって稲盛和夫さんはメンター中のメンターだが、子どものような、孫のような若い人たちからも多くのことを学ぶことができる。
心を素直にすれば、全ての人はメンターになる。

特に、私は戒名をいただいたお坊さんだ。多くの人たちから多くの教えをいただき、これからの「上り坂の人生」をコツコツと上っていきたいと思う。

不動院重陽博愛居士
(俗名  小林 博重)

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