中卒の就活、そして一ヶ月で退職を決めた理由

十八歳から三年近く、フリーターとしてモラトリアムを満喫してきた私であったが、二十歳を過ぎたのを期にこれを卒業し、就職することを決めた。

まず、正社員のメリットとして厚生年金と会社の健康保険に入れることが大きい。そして、毎月の給料が一定しているから、iDeCoや積立NISAなどの資産運用もやりやすくなる。

しかし2020年現在、女性の非正規雇用率は56.4%。中卒の女性に限定すれば、80.4%にもなる。コロナの不況も相まって、正規雇用の現実はそれは大変なものであった。


①中卒の就活の結果

就職しようと思い立ったのは2019年年末。2020年の1、2月にはどういった業界に焦点をあてるか考え、3月からは資格の勉強などをしながら準備を整え、6月末からアルバイトの傍ら面接を始めた。

始めは、学歴不問の中で好きなことや興味のあることに近いものを選んでいった。もし高卒以上の人が三段階の妥協をして選ぶのだとしたら、私は八段階妥協した職を選んでみた。

しかし、どこへ面接に行っても履歴書を渡す段階で相手が怪訝な顔をするのである。そして、質問を始める段階で既に否定の色が顔に出ている.......。

それはなぜか。

学歴不問は、中卒OKではなかったのだ。

学歴不問は、高卒か大卒なら学校までは問わないというのとなのだ。中卒は論外なのだ。

おまけに私は、自分探しという名目でアルバイトを半年くらいで辞めるので、三年で八つもの職を経験し既に履歴書の欄が埋まっていた。

色んな職種、色んな環境を経験するのは糧になったが、正規雇用という長い目で見られる点では、大きなデメリットとなってしまった。

結果、私は七社落ちた時点で全てを諦め、たまたま目に入った「中卒OK!」の飲食店に応募し、八社目でそこに採用されることになったのである。



②一ヶ月で退職を決めた理由

そもそも、飲食は絶対自分に向いてないだろうなと思っていた。そして、働き始めるとやっぱり向いていなくて精神がすり減っていった。これが一つ目の理由である。

二つ目は、やっぱり何か違ったのが理由である。仕事に慣れてきて、楽しさややりがいも見つけてきたある日、仕事が終わった後ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちになり、ここにいたら絶対に満たされない何かがあると感じた。これもすなわち、自分とは「合わない」ということである。これが、辞めることを決めるきっかけになった。

三つ目は、残業代未払いとか他企業との癒着とか失態の揉み消しや独裁的な振る舞い等々ブラック企業だったのが理由だ。求人や入社時の書類に見込み残業45時間が含まれていることを表記されておらず、後から知ってもやもやを感じたのも束の間、上記の色々な問題が発覚したのを理由にここに居続けてはいけないという思いが確信へと変わった。



③学も才能もない人間の企業の選び方

第一に、労働者を大切にしてくれる企業を選ぶことである。

雇う側が偉いわけではない。労働者も、雇用者も対等な存在である。「働いてくれてありがとう」のある会社で「働かせてくれてありがとう」という気持ちで働くことが大事なのである。「働かせてやってる」「雇ってやる」と構えている会社は、面接の時点で論外、こちらからお断りしなければならない。

第二に、心の安定を基準に選ぶことである。

好きなことや、子供の頃からの目標を叶えられる人間は少ない。理想が叶わないことを知ったときに投げやりになってしまうのではなく、どんな仕事なら心が安定するかを考える。

例えば私なら、発達障害でルーティンが決まっていて黙々作業が心地よいのでそれを選ぶ。お喋りが大好きな人は販売や飲食が合っているし、何かを追求したり知識が増えることに喜びを感じる人は、職人系の仕事をやるとよい。

第三に、居心地のよさを追求できる環境を選ぶことである。

この仕事をしている自分を好きでいられるか、が一番大事である。 好きなことや、好きな人達、好きな自分。好きが沢山ある環境とは、居心地のよい環境ということ。

自分らしさとは、居心地のよい環境をどれだけ造り上げられるかだと思う。



④面接はお見合いである

その企業を一番だと思い、満を持して挑んで断られると傷つくものである。それも積み重なると、自分に魅力がないのかな、いらない存在なのかなと段々自信もなくすもの。

しかし、決して自分に魅力がなかったのではない。

逆に、その魅力に気付かなかった企業が可哀想なのだ。

面接は、お見合いと同じである。

お互い対等な立場で、それぞれの魅力を持った中で、相手との相性を限られた時間の中で判断していく。つい企業のほうが立場が上だと錯覚しがちだが、「こちらも相手を選んでいる」という気持ちで挑むこと。そうすれば自信をなくすことも無い。

魅力は、出し惜しみするくらいが丁度いい。



⑤人は時間的展望の中でしか生きられない

ここまで、と期限をつけると頑張れるが、期限が無いと、人はこの苦しみが永遠に続くように感じてしまう。

私は、「八月中に就職決めるぞ!」と思って頑張ってきたので、七社目に落ちて次に落ちると八月中に決まらないことが分かってやる気の全てを無くしてしまった。そして、投げやりになって全然自分の本質とは違う選択をしてしまったことを反省している。(後悔はしていない)

就職して、失敗をするまで私は「就職できた自分」という枠組みでしか、時間的な展望で測ることはできなかった。しかし二回目の就職活動をしている今は、「納得した自分」「達成感を持った自分」が確かに未来で待っている、という想いが自分を支えている。

たとえば資格を持つ者ならば「看護師になった自分」とか「保育士になった自分」とか現実に則した枠組みを持てるが、本来人は百人いれば百通りの人生があって、何かに当てはめて考えることはできなくて当然なのだ。

人生の壁にぶつかったとき、フランクルが説いている「人生が自分に何を求めているか」を探すことが、それを打開するきっかけになることを私は学んだ。



⑥中卒の就活の現在

納得できない環境で自分を殺しながら働くくらいなら、困難でも納得できる道のほうがいいと思い、就職した会社を二ヶ月目で辞め、現在は短期バイトをかけもちしながら週一回の休みをハローワークに当てている。

短期バイトは、朝四時に起きて通勤だけで一万歩歩きひたすら鉄板を上げ下ろしする重労働なので、常に私はくたびれている。

でも、心はとても生き生きして、毎日が充実している。

人は、生きるために働かされるのではなく、自分に価値があるから働くのである。

借金をして破産するとか、生活保護で暮らすとか、働かないという選択肢もあるのに働くのは、自分に価値があるからである。

自分に価値があると思えるから、過酷な労働も頑張れるし、就職活動も頑張れる。

こんな生活は一生は続けられないが、若いうちに買ってでもすべき苦労はこういうことかなと、今の生活にとても感謝している。

来年には、納得して正社員になれるように頑張っていきたい。

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からくて苦い、でも暖かい。 生姜のような人。 (多忙のため更新激遅)