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【第2話】YOUは何しに現代へ?

現在、私の中では夫は「未来人(疑い)」というラベルが貼られている。

とりあえず夫がちょっとおかしな行動をとると、
「ああ、コイツは未来人だからな」
と、夫を通じて勝手に未来人の生態と決めつける遊びをしている。

使ったティッシュを手元に置いて、ある程度たまってからまとめてゴミ箱に捨てるクセがあるのも、それは未来人だからだ。

未来ではきっとゴミ箱が自らティッシュを回収に来るのだろう。

その習慣が抜けない夫は、しばらく手元に残ったティッシュを見て
「おっといけない、まだゴミ箱が来る時代じゃなかったか」
と気づいて、自分の足で捨てに行っているのだろう。

やれやれ、未来人とはズボラな生き物だこと。

未来人の夫よ、YOUは何しに現代へ?

そういえばこの男、何のためにこの時代にやってきたんだろうか?
目的はなんだ?

やはり、ここは定番の歴史改変だろうか?

味方勢力に都合の良い未来にするために、過去に戻って敵対勢力の主要人物を抹殺するアレだろうか?

例えるなら、未来のレジスタンスのリーダーを生む前の母親を抹殺するために未来から送り込まれたターミネーターT-800か?

それとも、未来のレジスタンスのリーダーが幼いうちに抹殺するために未来から送り込まれたT-1000か?

うーん、うちのT-1000は仕事してる感がない。

無職という意味ではなく、未来人工作をしている様子がない。
ちなみに定職にはついている。

今、私の目の前で、バラエティ番組を見ながら足の爪を切っているあの男が歴史改変なんて大きな仕事をできるようには思えない。

そんなのでちゃんと歴史改変できるのか心配になる。

なんなら、イーロン・マスクのほうがよっぽど未来人っぽい仕事してる。

もしや、歴史改変がミッションではないのか?
ではなんだ?

ただの観光か?
ひとの生活環境にずかずかと入り込んで、異文化感じて、おいしいところだけ体験して、飽きる前にいなくなるアレか?

たしかに、歴史改変なんて大そうな使命を背負ってる風には見えないから、観光と言われたほうが納得できる。

ただ、そうなると腑に落ちないことが一つある。

なぜ私と結婚した?
観光客が観光先で現地人と結婚するとかありえないだろう。
いつか帰るヤツが結婚するなよ。

一瞬、夫に殺意めいたものが湧いたが、別の可能性にも気づいたので冷静になった。

観光じゃなくて移住かな?

もしかしたら夫は、この時代に永住するつもりでやってきたのかもしれない。

観光ではなく移住だ。

何を好き好んでこの時代を選んだのかはわからないが、とりあえずこの時代を気に入っているのなら悪い気はしない。

あの眼鏡おじさんのおメガネにかなったということなら、この時代に生きる人間として悪い気はしない。

夫よ、褒めてつかわす。

おそらく歴史的に何の影響も与えない、何者でもない私という人物を選んで結婚したというのも賢い選択だ。

って、だれが歴史的モブだ。やかましい。


と思ったところでもう一つの可能性が頭をよぎった。

夫は本当に望んでこの時代を選んだのか?

もしかしたらこの時代を選ぶしか選択肢がなかったのではないか?

亡命?避難民?

命を守るために、この時代に来ざるをえなかったのではないか?

望んで来たのではなく、ほかに選択肢がなかったとしたら?

そう考えると、辻褄が合うとまでは言わなくても、未来人のくせに準備不足に思えてたところにも納得がいく。

ロト7の当選番号や競馬の着順も憶えてないし、株価の上がり下がりも憶えてない。

過去で小銭を稼ぐつもりなら、それくらいのことは憶えてくるだろうに。

夫はそんな準備をする時間もなく逃げてきたのだろうか。

どんな状況だったのだろう。

目の前にいるこの爪切りおじさんは、もしかしたら未来の戦争から逃げてきた時空避難民なのかもしれない。

そう考えると、少し可哀そうに思えてきた。
未来人というのも一概に我々が期待する「明るい未来」から来た人ではないのかもしれない。

夫は、バラエティ番組を見ながら爪を切っている間に、殺意を抱かれ、褒められ、ツッコまれ、哀れまれている。

「つらそう」

うっかり口に出てしまった。

夫はこちらを振り向いた。

ああ、どうしよう、未来人として疑っているのがバレたか?
そうじゃなくても「つらそう」はどうなんだ?

そんな私の焦りをよそに、夫は
「そうなんだよ、深爪しちゃったよ」
と言った。

さすが、鈍感力高いわ。

ところで、未来人は深爪した時どうするんだろう?

「傷ボンドしよ」

それそれ。
現代に生きる未来人としては100点だわ。

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