見出し画像

「戦場で死なないために」ーわたしはauraオーラを見たー/後編

 ーーーーーーーーーーーーー

●オーラauraへの道/フツ族ゲリラ山岳地帯を走る

アンセルメの家を出てどれくらい走っただろうか、緑に覆われた山がせまってきた、やがて目線の先に一本の棒が道路を塞いでいるのが見えた。検問所だ。普段なら緊張と恐怖で脳幹が縮み上がり、心臓がバクバクと鳴る、今回はブルンディ・ユニセフの車に乗ってスタッフも一緒だ、難癖をつけられて脅かされることもないだろう。案の定手続きを済ますとアンセルメはすぐに戻ってきた。

検問バーの横に立っている兵士が道をふさいでいる棒をゆっくりと上げた。その下をかいくぐるようにして反政府ゲリラたちが立てこもる山の中へと入った。もう引き返すことはできない。

反ゲリラの支配する山に入ると、いきなり急な山道が始まる。登ったかと思うと今度は急な下りが始まる、険しい山を切り拓いた道が九十九折(つづらおり)のように厳しいカーブを切りながら谷底めがけて下っている。沈着寡黙なジョセフ(ドライバー)がテクニックを駆使して巧みにカーブを切ってゆく、曲がる度に〝ズッ、ズズッー〟、〝ズッ、ズズッー〟とタイヤが軋む音が不気味に山にこだまする。同時に後部座席にいるわたしの身体も激しく左右に振られる。

窓の外に目をやるとまたかと思われるほど多くの黒焦げになった車が道路端に転がっている、大きなタンクローリーが腹を見せて転がっているのを目の当たりにすると、いやでも恐怖心がつのる。

〝フツ族ゲリラにやられたんだ〟

アンセルメが説明してくれる、〝今も、あの山の稜線辺りからこっちをうかがっているのさ〟、まさかと思うが、わたしはユーカリの木々に覆われた稜線を見上げた。密生したユーカリの樹間から木漏れ日が射し、次の瞬間、ゲリラたちが雪崩れを打って、山の斜面を駆け下りて来るのではないか、そんな恐怖と錯覚に一瞬襲われる。

〝ズッ、ズズッー〟、相変わらず、タイヤがコンクリートの道を噛む音が不気味に聞こえ、こすれたゴムの異臭が車の中まで入ってくる。

ふいにわたしは背後に気配を感じた、一瞬心臓が止まるほどの恐怖が襲った、振り返った視線のその先に車(ランドローバー)の運転席の屋根に腹這うようにして一人の兵士が自動小銃を構えてこっちを狙っていた。兵士の眼(まなこ)までハッキリと見えた、銃口は間違いなくわたしをロックダウンしていた。

事態が飲み込めず、あわててすぐに助手席のアンセルメに聞いた、いつも冷静な男は、振り向くやわたしに向かって

〝our force〟(味方の政府軍さ)、と言って笑顔を見せた。わたしがホットする間もなく、次の瞬間、政府軍兵士を乗せたランドローバーは、思い切りエンジンをふかしてわれわれの車のすぐ脇を通り過ぎた。ちょうどあたりはモミのような針葉樹林帯だったように思う。アンセルメによれば、定期的に政府軍がパトロールしていて、われわれのこともすでに把握ずみでパトロール方々護衛の任についているのだという。後で気がついたのだが、距離を保ちながらずっとわれわれを護衛していたのかもしれない。

遠のいていく政府軍兵士を乗せた車を見ながら急にわたしは心細くなった。だが、目的地のルワンダ国境までまだまだかなりの距離を残している、どこまで自分の気持ちが持つのか、急襲はいつ現実になるのか、、、

そうしたよそ者の気持ちを知ってか知らずかアンセルメとドライバーのジョセフはどこまでも沈着だった。

   ーーーーーーーー

谷を縫うように走った後、急激に道は登り始めた、今までひとっ子一人、また建物さえも見えなかった道にはじめて建物が見えてきた、村だ、それは道路に沿って建っていた、だが車から見えるかぎりの家の中は無人だった

〝みな、襲われるのが怖くて逃げ出してしまったのだ〟、アンセルメが指さしながら説明する無人の家々は不気味に静まりかえっていた、そうした家々、村々をいくつも通り過ぎた、どう不気味だったのかーーそれは、どの家々も暗く、小さな窓の内部はすべて黒々と沈黙している、それが反政府ゲリラの襲撃の恐怖心と相まって不気味さを増幅していた。

われわれを乗せた車はそうした無人の家々をかすめるようにして飛ぶようにして走って行く、ブジュンブラを出て4時間近く経過していた。

ふと目の前がひらけ、屋根から煙の上がる家々が目に飛び込んできた、と思う間もなく、畑や、なんと人間の姿も見えてきた、畑仕事の帰りだろうか、クワを肩に担いだ農民の姿も見える。ついに安全地帯に入ったのだろうか、すっかり平らになった舗装路を車はさらにスピードをあげながら疾走して行く。

〝もう、大丈夫ですか、安全地帯に入ったんですか〟

〝大丈夫です、ここからルワンダ国境まではそれほどかからないでしょう〟

アンセルメは振り向いて力強くわたしに言った。ズッ、ズッーというタイヤの軋む音も、急なカーブのたびに身体が左右に振られることもない、ただのどかなアフリカの景色が次から次へと現れては後方に去って行った。

それからしばらくすると、目の前に建物が現れた、国境だ。イミグレーションの建物の屋根には、ブルンディ国旗が舞っていた。途中ゲリラたちに襲われることもなく、無事国境に着いたのだ、アンセルメ、ジョセフ、そしてわたしの三人は、かたく手を握りあって無事をよろこびあった、けど、わたしの心の中には、新たな不安が頭をもたげていた、それは、これから同じ道を帰らなければならない二人のことだ。あれほどアンセルメの妻は、泣いていた、涙で夫を引き止めていた。ジョセフの家には立ち寄っていないので、分からない、でも不安と心配はほとんど変わりなかったに違いない。二人は再びあの山道を越えなければならない、今の自分にはそれほど危険はない、ルワンダの快適な舗装道路をただ帰って行けばいい、、、

わたしは出国手続きのためパスポートを持ってイミグレーションオフィスに行った。少しやりとりがあったがなんとか出国スタンプをもらいオフィスを出た。その時、車を離れ、ブルンディ側からルワンダ国境に向かって歩くジョセフの後ろ姿が目に入った、おそらく滅多に来ることのないルワンダ側の様子でも見に行ったのだろう。

だがわたしはゆっくりと歩くジョセフの後ろ姿を見たとき、表し難い感情に襲われると同時に、何故自分が無事にここまで何事もなくたどり着けたのかの答えを見たような気がした

ドライバーーー、やや小柄なだが見事にシェイプアップされたジョセフの背中から後頭部にかけてゆっくりと立ち昇る陽炎のようなものーーauraオーラをわたしは見たのだ。男の後ろ姿は、どんな危険な目に会おうとも絶対に死なないというメッセージを放っていた。わたしはこのメッセージ/波動、男が放つオーラに護られていたのだ。

何故それがジョセフに備わっていて、なぜ生まれたのか、もちろん知る術もない、それはたぶん持って生まれた「運命」、そして安易な言いかたかもしれないが「生き様」から生まれてくるのかもしれない、もっと言えば、その二つが微妙に紡ぎあい、いい方向に錯綜したところにauraオーラは生まれるのかもしれない。ただひとつあえて自分側に引き寄せて言うならば、それはジョセフという人間への100%を超す信頼、すべてをあなたに任すという尊敬respectなのかもしれない。アフリカ紛争地に限らず、世界の何処ででも仕事をする時、それは基本の中の基本だ、それができない奴は危ない。偉そうな奴、知ったかぶる奴、、、百戦錬磨の最前線の男たちはすべてお見通しだ。

わたしたちは再会のあてのない〝再会〟の約束をした。

国境のバーを越え、ルワンダ側に入ってわたしは振り返った、ちょうどその時、二人を乗せた車がリバースを切った後国境の向こうに消えていくところだった。               kwaheri Burundi!(さよならブルンディ!)

(了)

  ーーーーーーーーーーーー

(すべて個人的体験と見方です)

○最後に余談ですが、わたしはその後(2004年)のイラク取材で酷似したドライバーのオーラ感の体験をした。あらためてそのことについて書こうと思ってます○紛争地、危険地帯取材で最も大事なこと、それはどんな「ドライバー」に巡り会うかということです、それがすべてーー命、仕事の成功ーーを決めます、そしてすべての根底には相手、地元に対する尊敬respectがあります。