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安倍政権とは何者か(第2回)

若者の高支持率と低投票率

前回、安倍政権の引き裂かれた2つの顔として、まず、与党である自民党と公明党の議員に対する徹底的な支配と、自民党員や公明党・創価学会員に支持からの不支持について述べました。

さらに加えると、安倍政権ほど、「若者の自民党支持が高い」といわれた政権はありません。とりわけ2017年の総選挙以降、こうした主張が幅を利かすようになりました。
SEALDsが活躍した2015年頃とは打って変わったように「若者の保守化」が唱えられ、「なぜ若者は自民党を支持するのか」という問いが社会運動に携わる人たちの頭を悩ますことになりました。

しかしながら、安倍政権ほど、若者が投票にいかなくなった政権はありません。政治学者の菅原琢は、2017年の総選挙の出口調査の結果を詳細に調査し、「出口調査における若年層での自民党の得票率の高さは、若年層の自民党の支持率の高さを示すものではない」ことを明らかにしました。
若者の自民党支持が高いという主張のカラクリは、若者層の投票率が著しく低いことに起因しています。

事実、第2次安倍政権下でおこなわれた2度の総選挙における20代、30代の投票率は、過去最低を記録しています。つまり投票した若者層のなかでは自民党に投票した人は相対的に多いが、投票にいかない若者層を含めた一般的な若者層ではそんなことはなく、むしろどの世代よりも支持が低いということを、菅原は明らかにしています。
「若者が投票にいかないことが、若者が安倍政権を支持しているかのような言説を流布させている」という逆説的な状況が生まれているわけです(※この「若者の保守化」をどのようにとらえるかについては、本書第3章で改めて扱っています)。

支持率安定と抗議活動の活性化

また安倍政権ほど、これだけ長期にわたり4割以上の支持率を維持してきた政権はあまりありません。朝日新聞社が調査した第2次安倍政権の内閣支持率は、2013年の内閣発足当初の65%をピークに、その後は4割から5割の間をウロウロし、強行採決やスキャンダルが発覚したときに一時的に3割台に下落するという推移で動いています。これは2000年代以後の森、第1次安倍、福田、麻生、鳩山、菅、野田政権が、発足して一定時期がたつとまたたくまに3割、2割台に支持が下落したのに比べると、著しく安定的です。
近年第2次安倍政権と同じような安定的な支持率を維持しつづけたのは、小泉政権だけといえます。

しかしながら、安倍政権ほど市民の直接的な抗議にさらされた政権はありません。2015年に、連日数十万の市民が国会前を埋め尽くした安保法案に反対するデモはもちろん、特定秘密保護法や共謀罪といった「悪法」が登場するたびに官邸前や国会前は数万の市民が結集し、それだけではなく安倍総理が出向く先には必ず大勢の市民が集まり抗議の声をあげてきました。
リベラルなメディアはこうした市民の抗議を積極的に報じ、街頭行動とSNS、そしてメディアがスクラムを組んで世論にアピールするという、かつてない運動シーンが生まれたのです。

これに対して安倍政権を支持する市民の行動は不調を極めました。インターネット上では「ネット右翼」が盛んに安倍政権の支持を訴えますが、リアルな世界ではその手ごたえは覚束ないものでした。
2018年の自民党総裁選最終日、安倍総理は秋葉原で街頭演説をおこないましたが、観客の大半は地方から動員されてきた高齢の自民党員の「サクラ」で、残りは安倍総理に抗議する市民というありさまでした。動員された「サクラ」の最前列では、北村滋内閣情報官が日の丸を振りながら「いいぞ!」と絶叫していたそうです。

【CC by pohjolanpoluilla】

街頭行動とSNS、リベラルメディアのスクラムに追い詰められた安倍総理は、次第にひきこもるようになっていきます。インタビューは極右メディアのみ。安保法案の攻防のさなかには、地上波メディアを避けて、「ニコニコ動画」というネットチャンネルにしか登場しなくなりました。
これはメディアに積極的に露出し、街頭で旋風を巻き起こした小泉元総理とは実に対照的な姿です。

憲法改正の悲願と改憲反対の世論

そして、安倍政権ほど日本国憲法の「改正」を正面から掲げた政権はありません。しかし、にもかかわらず、安倍政権ほど、改憲への国民的関心が低下し、改憲反対の世論が大きく広がった政権もありません。

2017年5月3日の憲法記念日。憲法擁護を掲げる集会が各地でおこなわれるさなか、驚きのニュースが飛び込んできました。安倍総理が読売新聞の紙面と「日本会議」の集会で「2020年のオリンピックにあわせて憲法9条に自衛隊を明記する」と発表したからです。
周知のとおり改憲は安倍総理の悲願です。でも、どの世論調査をみても、「今の憲法を評価する」が8割から9割を占め、「憲法9条を守ったほうがいい」はここ40年間で最高の値に達しています。そこで安倍総理は「もうすでにある自衛隊を憲法に明記するだけです。だから憲法9条にある戦争放棄と戦力不保持の規定は何も変わりませんよ」と誤魔化すことで、国民を安心させ隙をついて改憲に踏み出そうとしたわけです。

この安倍総理の発表を受けておこなわれた読売新聞の憲法世論調査(2017年5月15日付朝刊)は、安倍総理の意図を“くんだ”質問の仕方をとりました。
「今の条文は変えずに、自衛隊の存在を明記する」のに賛成か反対かとだけ質問したのです。すると「賛成」53%、「反対」35%という結果となり、読売は「安倍総理の改憲案は国民に支持されている」と宣伝しはじめました。

これに対して朝日新聞(2017年5月16日付朝刊)は、安倍総理の意図を“くまない”質問の仕方をとりました。
まず「安倍首相がいま憲法改正を提案したことを評価」するかと質問すると、「評価する」は35%、「評価しない」は47%となり、「2020年の施行をめざすべき」は13%、「時期にはこだわるべきではない」が52%、「改正する必要はない」が26%に、そしてこれらの質問を踏まえて、9条に「自衛隊の存在を明記する」必要があるかと質問すると「必要がある」41%、「必要はない」44%と、読売とは結果が逆転しています。
つまり朝日新聞の調査によると、国民の多数派は、「安倍政権の下で拙速に改憲することには反対」と考えていることがわかります。

なお、2018年の朝日新聞世論調査(2018年5月2日付朝刊)では、「安倍政権のもとで憲法改正を実現すること」に「反対」は58%、「賛成」は30%。「自衛隊の存在を明記する憲法改正案」に対しては「反対」が53%、「賛成」は39%と、安倍改憲反対の世論はますます強まっています。

読売、朝日両紙の世論調査からみえてくる「国民意識」はずいぶんと違いますが、どうも「安倍総理が改憲を叫べば叫ぶほど、改憲のイメージが悪くなる」という傾向はあるようです。
それを悟ったのか、「日本会議」のメンバーで安倍総理の側近である下村博文自民党憲法改正本部長は、2018年11月18日におこなわれた講演会でこんな発言をしました。「安倍政権は、いかにも戦争をしそうなイメージで捉えられているところがあるかもしれないが、われわれも戦争には反対だ。戦争をさせないための抑止として、自衛隊をきちんと憲法に明記することを訴えていきたい」と。

「非常識」な支配

このように安倍政権は、与党を厳格に従属させ、異端者を徹底的に監視・排除し、「代わりがいない」あるいは「変わらない」姿をみせつけることで安定的な支配を確立するという、戦後政治の「常識」から外れた統治手法を編み出したのです。
どんな酷い大臣のスキャンダルがでても一切辞任させない。麻生、菅、二階といったコアな幹部の人事は一切動かさない。どんなに批判がある法案の審議でも会期延長は一切許さない。そして安倍総理の後継者は育てない。
このように「代わりがいない」「変わらない」という「負」であるはずのイメージを徹底して国民に示すことで無関心と無力感を蔓延させ、対立軸を隠蔽し、各種選挙での投票率を“引き下げながら”組織票で勝ち抜くことで政権を維持しているのです。

しかしながらこのような統治手法には大きな代償が伴います。与党は新陳代謝ができなくなり活力を失っていきます。官邸にいいなりの議員と党員たちとの隔たりがますます酷くなっていきます。そしてそうなればなるほど、自民党のなかから「ポスト安倍」を生み育てる力は失われていきます。
かくして「酷いから倒れない」という体制がますます強化されていくのです。

「一強を誇るのに人気はない」という安倍政権の2つの顔の分裂ぶりが集約的にあらわれているのが改憲をめぐる攻防です。
改憲を断行するために国会を強権的に支配すればするほど、国会の外では反発が広がり、国民は改憲に消極的になっていくというジレンマに陥ります。このジレンマを抱えながらも、祖父から引き継いだ宿願の達成をあきらめない。これが2019年を迎えた安倍政権の姿なのです。

では、このような安倍政権の「非常識」な支配を可能にした条件はなにか。そしてこのような支配に走った動機はなにか。
これを明らかにするためには、「ミネルヴァの梟」をさらに過去へと飛び立たせ、四半世紀にわたる「政治改革」の失敗から解き明かす必要があります。(続)

※第3回は2019年4月12日(金)公開。

《本書の目次》


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