南京の便衣兵 メモ

南京の便衣兵 メモ
①ハーグ陸戦規則23条ニ号では「降を乞える敵」の殺傷を禁じますが、つまり敵兵が投降の意思表示をしない限りは攻撃対象であり続けます。
「武器を捨てて逃げ込んだ非力な者であること」だけでは投降要件を満たさない。
②前掲ニ号の投降を相手方が受け入れて「権内に入れる」(この解釈には幅がありますが、捕らえて武装解除するとしておきます)ことで捕虜となります。前掲ニ号の投降者は、捕虜とされるか逃がされるかされなければならない。
③しかし当時は、前掲ニ号にかかわらず不文法の例外があって、戦時重罪人が投降しても投降を拒否して殺傷するか、あるいは捕らえても捕虜とせずに処罰することができた。(オッペンハイム国際法Ⅱ 英国陸軍マニュアル)
④ハーグ陸戦規則23条へ号では、交戦者は「敵軍服等をみだりに使用してはならない」つまり、戦闘中は敵であることがわかる自軍の軍服やマークを着けなければならず、違反者は戦時重罪人となります。
⑤またハーグ陸戦規則1条では、交戦者であることの条件として「特殊徽章を有すること」と定めています。この条文の目的は交戦者と非戦闘員を明確に識別することです。前掲23条へ号は、敵の軍服着用を戦時重罪と規定しますが、前掲1条の目的から戦場で非戦闘員に偽装する行為も、前掲へ号を類推適用して戦時重罪であると解される(信夫淳平 戦時国際法講義2)。
⑥南京の便衣兵は上述の類型に該当して戦時重罪となります。わが軍も日露戦争や昭和7年の上海事変でこうした行為おこなったロシア軍、中国軍を非難し、捕らえれば処罰、処断すると宣言して実行している。これに対してロ、中の抗議や国際的批判は見られないことから、南京の便衣兵のごとき類型は捕虜とせずに処罰する慣例は確立していたと考えられます。
⑦以上に加えて、a.便衣兵の処罰手続きが違法ではないか b.戦時国際法の人道主義と軍事的必要性の原則に反して違法ではないか、との議論がある。
a.便衣兵の処罰に当たっては軍律(敵兵や占領地の非戦闘員を対象とする軍の規則)に基づいて裁判で裁く必要があるとの批判(板倉他)がありますが、必ずしも軍律の定めがなくとも戦時国際法の慣例(この場合前掲23条へ号の類推適用)に拠ればよく、また現行犯の場合は審問(その方法、手続は任意である)して、あるいは審問を要せずして直ちに処罰できる。(立 戦時国際法論、信夫前掲)
従って、わが軍が南京の便衣兵を審問して処罰したこと自体に違法性はない。(審問の方法については異論がある)
b.戦時国際法の人道主義原則違反との批判には、ハーグ陸戦条約前文にある人道原則、いわゆる「マルテンス条項」を直接の理由とする者が多いですが、第二次世界大戦まではこの原則は、一見ゲリラと区別がつかない民兵や義勇兵の人道的取り扱いを求めたものと解され、戦時国際法全体の一般原則ではありませんでした。こうした批判は失当です。
b-2.一方、戦時国際法には軍事的必要性の原則があります。勝利や敵兵力の排除といった軍事的必要性がないなら、人道主義のもと加害行為は抑制されなければならない。無力化した便衣兵を処罰すること自体は正当であるとしても、殺害するまでの必要性がないという主張です。
b-3.これに対しては、軍事的必要性から処刑が必要との反論がある。中国軍は南京城内の便衣兵以前にも、第一次上海事変や南京追撃戦中にて便衣兵戦術を多用してきたのであり、その常習性が認められます。非戦闘員との見分けがつかない便衣兵はわが軍にとって極めて危険であり、その行為を止めさせなければ軍事上の困難に陥る。
b-4.一方、戦時国際法では敵の将来の戦争犯罪行為を防ぐための抑止(犯罪の一般予防)としての「復仇」が認められます。便衣兵が必ず処刑されることによって抑止が期待できる。あるいは1万人もの便衣兵を厳罰にせずに寛容に扱うことで、今後中国軍は便衣兵戦術を更に拡大するとの予測は容易に立つ。この場合戦時国際法の原則では、人道主義を軍事的必要性が上回って、敵兵を加害することが容認されるのです。(田岡良一 国際法学大綱下)

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