見出し画像

「悩」

梅雨を前に梅の季節です。店頭に並ぶ青い梅はその大きさごとにS・M・Lと小分けにパッケージされています。サイズの下には九州は佐賀県産とどこから来たのかひと目でわかるようになっています。この青梅がブランデーにとっぷりと漬かるのを想像しながら。数か月後にこっくりと舌鼓を打つ夕餉を思いながら。すんなりサイズはMに決まりました。

視界の端には鳥取産の小ぶりのラッキョの実を気にしながら。決して気を止めることなく歩き出します。そう、何事も欲張ることなかれ。まずは青梅に気持ちを集中させねば。ついつい、あれもこれも手を出しては思わぬ結果に驚くおののく私とはいよいよさよならです。ラッキョの実の視線を背中に感じながら。我が道を行く。青梅の道を行く。

パッケージにお行儀よく納まっていた青梅のMサイズたち。開封すると手のひらにおとなしくはしていません。球体ってこんなにコロコロと動き回るものかね。と独り言。水に浸けると産毛が水を弾いて光っているみたい。佐賀からの長旅の疲れをねぎらうように。手のひらと青梅と水とコロコロ。

昔ね、お茶の葉を揉んで紅茶を作る時に。「美味しくなあれ美味しくなあれ」ってマントラの代わりに唱えて茶葉を作ったことを思い出していました。記憶はなぜこんなにも突飛なく今に繋がるのだろう。教えてくれた友人も梅の仕事のさなかだったりして。

あく抜き用に準備した桶の水。あの日紅茶を作ったときのように「美味しくなあれ美味しくなあれ」と右手で3回円を描いた。美味しくなあれ水のなかでしばし青梅はプカプカしています。その様子は人のお風呂と変わらないのどかなものです。私たちもお風呂で知らないうちにあく抜きしているのでしょうか。

平たい蚊帳付きの籠にあく抜きした青梅を一晩寝かせて乾かします。すっかり水気のとれた青梅はしっとりとした感触で朝を迎え。残す作業はヘタの処理だけです。竹串で青梅の実を傷つけないように。傷つけないようにって動作のなかにとっても気持ちがこもるのを感じながらの作業。私の手元からヘタは元気に飛び散っています。

産毛もそげて。あくも抜けて。ヘタも飛び散って。人と触れ合いながら禊をすませたかのようにきれいになった青梅は氷砂糖とだんだん重ね。瓶の中は青緑色と白の涼し気な世界。完璧に見えていた世界にブランデーを注ぎながら破壊と創造を楽しむ。3か月もすれば飲み頃とあります。秋、まだ夏の名残の宵に氷を浮かべて酔いしれるのもいいですね。


この世界の中で何が起こっているのだろう


お次はラッキョ。父は塩漬けが好きだったな。母は甘酢漬けが好きだったし。どっちにしようか考えて半分ずつ両方漬けたらいいか。とあっさり2つの瓶を棚から降ろしてみた。

甘酢漬けにはミネラル豊富だという洗双糖を試してみました。お薦めの米酢と塩。鷹の爪が2本。これで漬け込むだけ。塩漬けはもっと簡単。塩を入れた水を煮立たせて。いったん冷まして漬けるだけ。


「美味しくなあれ」

甘酢漬けの瓶と塩漬けの瓶。仲睦まじい様子で並んでいます。伊邪奈岐神と伊邪那美神となぜだか重なる姿。国産みの神様たち。ひとつの命ラッキョから2種類の味が生まれるのを応援しに降りてきているのかもしれません。事が成就するときには見えない力が作用すると言います。その見えない力を第三の力と呼ぶと聞いたのを思い出します。発酵したり熟成したりする時間の流れに材料と人の手.と見えない力。それは自然の力でもいいし。宇宙の力でもいいと思います。

青梅が熟したら梅干しですよね。完熟した黄色の梅の実。簡単な梅干しの漬け方がYouTubeでたくさんアップされています。いくつか見た中でこれならいけるかな。と言うのが絞られてきましたが。悩ましいところです。どの動画を参考にするかと言うよりも。挑戦するのかしないのかという根本的なところで悩んでしまう。完熟の頃まであともう少しあるから。ひとり思い巡らし悩んでみよう。っと。

味噌、醤油、梅干し。繰り返すように大きな戦争を時代ごとに経験してもバブルがはじけて価値観が変わったように見えても。こうして絶え間なく続いている食の文化があります。それは見えない力を使う暮らしが途切れることなく続いている証なのかもしれないですね。

感覚と科学のバランス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?