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【夏帆インタビュー】聞き手:上田智子


夏帆インタビュー


 


収録日:『おとととい』が完成した日
聞き手:上田智子(『おとととい』編集担当)


 
 
――『おとととい』ついに完成しました。
 
夏帆「嬉しいです。あんなにたくさん写真を撮ったのに、よく1冊にまとまったな、と思います」
 

――この企画は、夏帆さんの「写真集を作りたい」という希望からはじまったんですよね。
 
夏帆「20代なかばからずっと、20代のうちに写真集を作りたいと思っていたんです。年齢は関係ないかもしれないけど、20代の時間はもう戻ってこないから、10年後、20年後に見て『あのとき、作っておいてよかったな』と思えるものを残しておきたいと思って。20代後半に差し掛かって、『そろそろ言わなきゃ』って事務所に相談しました」

 
――『おとととい』は夏帆さんが28歳から30歳までの写真がおさめられています。2年間、写真を撮り続けたということになりますね。
 
夏帆「短い期間で撮る写真集も素敵だと思うんですが、私の場合は、短期的に撮る方法で自分を出せる気がしなくて。最初から、長い時間をかけて撮りためたいと思っていました」

 
――石田真澄さんに撮影をお願いした理由は?
 
夏帆「2018年に『RiCE.press』の“#茶ガール”というページで真澄ちゃんに撮ってもらったとき、すごく心地よかったんです。編集さんが共通の知り合いだったからなのか、初対面なのに楽しくて、あんまり写真を撮られている感じがしなかった。仕事で写真を撮ってもらうときって、大丈夫かな、どういうふうに写ってるかなって、余計なことを考えちゃうんです。でも、真澄ちゃんに撮ってもらってるときは、すごく自由でいられる感じがして。ふわっと撮影が始まるし、仕事というより日常の延長線上という感覚でした」
 

――写真集の撮影は、2019年の9月からスタートしました。
 
夏帆「自分から写真集を作りたいと言って、真澄ちゃんが引き受けてくださって、『長い時間をかけて撮りたい』『作られた世界観じゃない写真にしたい』と決めていたけど、それをどう撮っていけばいいのかがわかっていなくて。実験的に遊びの延長線上で撮影してみたり、友人にも協力してもらったりしながら、試行錯誤していました。
でも、撮影するたびに、真澄ちゃんが写真をデータで送ってくれたので、それを見ながら『この写真がいい』『こういう雰囲気が好き』みたいな話をして。『じゃあカメラをこれにします』『この写真のトーンで撮ります』って、徐々に徐々に方向性が定まっていきました。いろいろ迷って寄り道して、これは違う、こっちかな、という時間でしたけど、この写真集にとっては必要な時間だったのかなと思います」
 

――撮影はまさに、夏帆さんと石田さんの共同作業だったんですね。
 
夏帆「私は見切り発車というか、思いつきで動いてしまいがちなんですが、真澄ちゃんはいつも冷静。それに、写真の作品を作るのは真澄ちゃんのほうが先輩だから、いろんなことを教えてもらいながら作っていきました。
 撮影期間中は、どこで撮ろうか、どういう場所へ行こうか、自分でスタイリングをやってお店をかけまわって、あがってきた写真を見てどういう写真が足りないか考えて……ワクワクする貴重な経験でした」

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「日常のなかの揺らぎときらめき」を
作品にしたい

 
――私は2020年春から編集として参加しましたが、はじめに夏帆さんから「“日常のなかの揺らぎときらめき”をとらえた写真集にしたい」とお聞きしたんですよね。
 
夏帆「もともとそういう世界観が好きなので、この写真集で表現できたらいいな、と思って」

 
――日常のなかの揺らぎときらめきに興味がでてきたのは、いつ頃ですか?
 
夏帆「20代後半ですかね。ちょうどこの写真集を作りはじめたときが、ああ、私はそういう世界観が好きなんだなって気づいた時期だったんです。なんで気づいたのかな。今まで好きだった本や小説を振り返ると、日常の中で起こるささやかな話が多かったからかな」

 
――自分の嫌いなものって明確だけど、好きなものって意外と自覚しづらかったりしますよね。
 
夏帆「そうなんですよ。でも、この写真集を作りながら、自分の好きなものがようやく見えてきたんです。日常にある言葉にならない感情が好き、とか、部屋に飾る小物を集めては『うん、なるほど。気づかなかったけど、私はこういう色が好きなんだ』って思ったり。写真集を作る上で必要だと思ったからなのか、自分が好きなものや大切にしてるものはなんだろう?って、無意識的に考えていたんですよね」
 

――写真集のことを考えるうちに、好きなものが実像化していくのは面白いですね。
 
夏帆「写真のトーンもそう。最初は全然違うトーンの写真も撮っていたけど、真澄ちゃんが私の好きなものを理解しようとしてくれて、どんどんゴールが定まっていった。ここに着地するなんて、最初は全然想像できていなかったです」

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思いを象徴する表紙

 
――写真のセレクト作業に入ってからは、「夏帆の写真集でもあり、写真家の作品集でもある。その両方をあわせもつ絶妙なラインを狙いたい」とよくおっしゃっていましたね。
 
夏帆「そうですね。自分の好きな世界観だけの写真集は見ている人を置いてきぼりにしちゃうし。かといって、商業的なところに寄りすぎたくもなくて。私が写っていない写真や余白も入れたいけど、多すぎるとアート寄りになっちゃうから、それは違うよね、とか。どうやったらいい塩梅を狙えるのか、ずっと考えていました」

 
――装丁の佐々木暁さんとも、何度も打ち合わせを重ねました。
 
夏帆「セレクトした写真をお渡しして、最初のレイアウトラフがあがってきたときは、すごく感動しました。それまでは1枚ずつバラバラに写真を見ていたし、それぞれの写真に物語があったけど、佐々木さんが組んでくださったレイアウトによって大きな流れになったというか。
 真澄ちゃんが『レイアウトがあがってくるときがいつも楽しみなんです。夏帆さんにもその体験をしてほしい』って言ってたんですけど、『これか!』と思って。写真の並び順によって、全然印象が変わるのも本当に面白かった」

 
――数点並び替えるだけでも写真集の持つストーリーがまったく変わりますよね。
 
夏帆「そう。セレクトも無限にできるから、たくさんの写真を1冊にまとめるって、本当にすごい作業なんだなと思いました」

 
――でも、表紙はすぐに決まりましたね。
 
夏帆「送ってもらったデータでこの写真を見たときから、これがいいなと思いました。撮影を進めながら、表紙は何がいいのかな、目線があるものはちょっと違うかなってぼんやり考えていたんですけど、この写真があがってきたとき、直感的に『これだ!』って。
日常のなかの揺らぎときらめきが感じられる写真集にしたい、という思いがずっとあったけど、この写真はまさしくそれを象徴していると思います。

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たくさん悩んだけど、これが正解だった


 
――初校が出たときに「書籍の作品を作ることが夢だった」とおっしゃっていましたね。
 
夏帆「昔からの夢でした。子供の頃から本屋さんに行くのが好きで、行くと無条件に気持ちが高揚するんです。本の虫っていうわけでもないし、本からちょっと離れたりする時期もあるけど、ふらっと本屋さんに行くと、『ああ、私、本すごい好きだな』って思う。だから、いつか自分でも作ってみたかったんです」

 
――写真のセレクトから構成作りまで、すべての工程を夏帆さんと相談しながら作りましたが、たびたび「本当に面白い」と言っていたのが印象的です。
 
夏帆「本ができあがっていく過程をなんとなく知っていても、なかなか見ることはできないじゃないですか。1個ずつ自分の目で見ることができて楽しかったですし、本を作るのってこんなに労力がかかるし大変なんだ、とも思って。本屋さんに行くと、つい装丁や作り方を見てしまうようになりました」
 

――最後は工場まで印刷立ち合いに行きましたね。
 
夏帆「ちょっと泣きそうになりました。自分が最初から関わって、真澄ちゃんと密にやりとりしながら作っていたものが、こうやって本になっていくんだと思ったらすごく感動して。ついに世に出ていくのね、みたいな。嬉しいような寂しいような、不思議な気持ちでした」

 
――2年半の制作期間が終わった日でした。
 
夏帆「セレクトや構成はすごく悩んで、入れたい写真を泣く泣く削ったりしたけど、できあがった写真集を見ると、これが正解だったなって素直に思います。表紙もタイトルもそう。おさまるところにおさまった……って言い方はちょっと違うけど、最初からこういう本ができるって決められていた感じがします」

 
――最後まで全員で試行錯誤しましたが、夏帆さんは自分の好き嫌いではなく、この写真集にとって何がベストなのかを考えていて、すごく客観的な方だと思いました。
 
夏帆「大丈夫でしたか? 自分から写真集を作りたいって言ったのに、けっこうふわっとしていたし、すごく悩んでしまいましたよね」
 

――でもこれは、悩みながら作るべき本だったと思います。バシッと決めていく作り方が合う本もあるけど、言葉にならない感情をとらえた写真を1冊にまとめていくのは、すごく難しいことだから。あれこれ悩んで、行ったり来たりがあったからこそ、余白と余韻のある写真集になった気がします。
 
夏帆「よかった。悩みながら作るのって、私はすごく好きなんですけど、それを楽しんでやってくださる方たちだったから、ありがたかったなと思う。『おとととい』は自分の好きな世界を、ただ真澄ちゃんに撮ってもらった写真集じゃないんですよね。私と真澄ちゃんのふたりで作り上げた世界だし、もっといえば佐々木さんや上田さん、関わってくださった方たちみんなの化学反応でできたんだと思います。
 こうして見ると、写真って不思議ですよね。写っているのは私だけど、真澄ちゃんの存在もすごく感じるじゃないですか。写真集作りの面白さも体験できたけど、写真そのものの面白さや不思議さも感じました」

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「写真ってこんなに素敵なんだな」と
思ってもらえたら


 
――『おとととい』はどんな写真集になったと思いますか?
 
夏帆「撮影の終盤のほうで、『過ぎていく時間は止められないし、もう元に戻れないんだな』って、すごく思った時期があって。そのときに真澄ちゃんが撮ってくれた写真は、自分が思っていたことや空気感も写っている気がするんです。時間の積み重ねがあったから作ることができた写真集だと思うし、言葉にしきれない何か、みたいなものができたというか……。言語化するのが難しいんですけど、ちゃんとそういう余白のある写真集になったなって思います」
 

――先頭に立って写真集を作ってみて、感想は?
 
夏帆「もうなんか、感無量です。本当に嬉しい。自分の自信にもなった気がするし、同時に、ひとりじゃものを作ることはできないんだなって改めて思いました」
 

――写真集を作ったことで自分の好きな世界がくっきりしていったのも、きっと大きなことですよね。
 
夏帆「本当に。この先いろいろと変わっていくこともあるだろうし、変わらないこともあるだろうけど、20代後半という時期に、自分というものをちゃんと見つけられたような気がします。これまでもずっとあったんですけど、それがより明確になりました」
 

――どんな人に見てもらいたいと思いますか?
 
夏帆「ずっと私のことを見てくださってる方はもちろんですけど、これからの世代の人たちに見てもらって、写真ってこんなに素敵なんだなと思ってもらえたら嬉しいな。ちょっとでも誰かの感性に触れられたら、本当に幸せだなって思います」

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