見出し画像

捻挫とチューリップの少女

高校3年生の時、左隣りの席の友達がバンドで太鼓を叩いていました。夏休み前、その彼に誘われてそのバンドに加入しました。ギタリストが二人いたので、楽曲によっては鍵盤パートを片方が代わりにギターで弾いてたんですが、どうしても鍵盤じゃないとイメージが伝わらなくてダメな曲が……。

学校でバンド演奏してステージで楽曲を披露するには軽音楽同好会に所属しないと生徒会から許可がおりません。しょうがないのでバンドメンバー全員が自分たちのクラブ活動(吹奏楽部・排球部・軟式庭球部)と並行で同好会へ入会届を出したしだいです。もっとも、この同好会は1年生たちしかいなくて、それもフォークソングやニューミュージック系の男子二人だけ。「ロックなんて不良でしょ」って感じ。とはいえ、私たちがロックをやることで入会したところ、「それなら自分たちも」って入会する生徒たちが現れるようになりました。

軽音楽同好会には、1年生女子だけのバンドがあって、そのつてで鍵盤できる子がいないか聞いてみました。そんな訳でついに鍵盤奏者が決まりました。2年生です。女子です。Roland のコンボピアノ EP-30 持ってます。重たいです。

音楽室でのクリスマスコンサート前に、曲が Camel の "Lady Fantasy" に決まり、鍵盤奏者も決まって、ひと安心です。この時期は、もう雪が降っています。昼間暖かくなって解けた雪が、夕方には氷ってしまいます。ざくざくと固くなり滑りやすくなった路地裏の道を放課後の生徒二人が歩いています。
練習の度に、鍵盤担当の彼女の家から軽音楽室まで鍵盤を運ぶのを手伝います。しかし、彼女の足首がいつも気になります。白い包帯しています。いつもの他愛のない会話が続かなくなったところで聞きました。

「あのさ……足どうしたの?」
「ん?足?ふふっ……気になりますか?」

「うん。なんか怪我してんの?」
「違うんです。捻挫。なんかね、治りかけると、また、ぐきってやっちゃう……」

「そうなんだ」
「うん。ずっとなんです……」

「捻挫とかしたことないからわかんないんだけど、痛いの?」
「ははっ……痛いですよ、当たり前じゃないですか」

「そっかぁ……。じゃ、キツイね。これ重くて」
「うん。だから、ありがとうございます。いつも」

「えっ?そんな……だって、いないと困るから……別に気にしなくていいし」
「私、一人っ子だから、お兄さんみたいでうれしいな……」

「ホントのお兄さんだったら、多分、家から出さないな。ははっ」
「そう?ふふっ……」

「あのさ……もう妹いるから、もうひとりの妹になる?」
「妹?えっ?いいんですか?」

「大丈夫じゃない?」
「何が大丈夫なんですか?」

一緒に笑う。

それから、彼女から、よく手紙をもらいました。
内容なんて他愛のない手紙ですが、なぜか、文章の終わりに色鉛筆でチューリップの絵を描いてきます。彼女の字体が面白くて授業のノートに真似して書いていたらマスターできました。

バンドでオリジナルの楽曲を演奏することになったんですが、鍵盤パートがどうしてもむずかしくて彼女が泣きそうになっていました。負けず嫌いの性格のようです。そんな彼女を見ることにたえられなくなった私は「連弾なら大丈夫じゃない?」とアドバイス。そして、彼女と私の二人で連弾します。弾けました。彼女のうれしそうな顔。よかったね。

ところで、彼女は生意気で同級生から嫌われているって、女子バンドの後輩から聞いたんですが、あまりそんな感じはしません。誤解されやすいのかなと思いました。よくよく聞くと彼女の素振りが女子から不評らしく、あの子に騙されちゃダメだと言うんですが、自動車事故に巻き込まれた話はエイプリルフールだったと思います。

私が社会人になってから帰省した時、一度だけ、私が運転する車の窓から近所のスーパーマーケットで彼女を見かけました。包帯を巻いた片方の足首をやや引きずるように歩いていました。夏の陽射しにアスファルトが溶けそうなぐらいの暑さの中、桂正和 や おおた慶文の描く少女のような、淡い空色でつばの広い帽子の下に、記憶にあるその顔をのぞかせながら……。白のワンピース姿はまぶしくて声をかけることをためらわせるぐらい、ちょっとだけ大人の女性に成長した彼女。今もチューリップの絵を描いているのかしら。

次の少女へ続く……

2012年1月 飼い猫を撮りたくてミラーレス一眼カメラを購入 | 現在は ライヴ写真を主軸に撮影 | 過去の私小説とそのイメージにあった女性を今後撮影予定