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第20回 シオタ 江戸川橋

何回か前、千歳船橋のフランス料理店『ラドレ』を紹介した時も書いたが、東京でこれぞというフランス料理らしいフランス料理店に出会うのはなかなか難しい。ただそれは、劣悪なテレビ番組に苦言を呈することと同様にむなしい議論で、結局そんな放送は観なければいいのだし、フランス料理を出さないフレンチレストランには行かなければいいのだ。こう暑いと、フランス料理店の紹介には少々気が引けるが、まだ気温が上がる前の訪問記ゆえお許しください。
 
江戸川橋と護国寺の間ぐらいにある『シオタ』は、今行くべきフランス料理店だ。音羽通り沿い。この道上には友人のオフィスがあったのでよく歩いた。ポツポツと地味な飲食店が等間隔で並ぶ、そんな中の一軒だ。
 
店内に入ると、カウンター8席の店にしては、やたらとダイニングスペースが余剰でキッチンも広い。ピカピカに磨き抜かれた豊富な厨房機器に目が眩み、掃除だけでも大変だと密かに思う。そんな感想をシェフの廣田駿さんに最初に投げかけてみた。すると、廣田さんのあまりにも穏やかで物腰の柔らかい雰囲気に、さらに驚嘆した。たいていの特に若いシェフは、いい意味でギラギラしているものだが、そういった気負いは無である。まだギリギリ30代だというのに、この域まで達する修業の重みや鍛錬を勝手に感じてしまった 。ご本人はまったく漂わせてはいないのだが(笑。
 
厨房が広いのは、後々にスタッフを増やしたときのことを考えてであり、カウンター席の後方は、今は保育園の待合スペースのようになっているが、将来はテーブルを置いて、restaurantとしてのダイニングスペースを作る構想で、そこまでを見越した全体設計とのこと。子供になにかあってもすぐに戻れるように自宅の近くを選んだと言うが、この場所で骨を埋めるようなプランなのだろう。まずは、そんなお話からスタートした。
 
パプリカのババロアにはガスパチョ風のソース、次の温かい前菜はトリッパの煮込み。こう書くと、何だ無国籍料理じゃないかと揶揄されそうだ。しかし、スペインともイタリアとも違うまぎれのないトリコロールがはためくようなフランス料理としてぼくを魅了する。一皿目はいわゆる赤ピーマンのムースを独自のソースで軽やかに食欲を沸き立たせるもので、次のトリッパは、トマトの定番ではもちろんなく、ハーブを多用し南仏の香りを地中海の風のようにまとったスープに浮かぶ、初めてのハチノス体験だ。
 
魚も肉も、大きなお皿にたっぷりの野菜とともに盛り込まれ、クラシカルでありつつも一歩進んだモダンなソースに、ぼくの口角は上がり続ける。シェフはカウンター寄りのIHと背中側のガスコンロを巧みに使い分け、いつ火入れをしているのか気づかないようなタイミングで、さっとデシャップに入り、時には鍋を片手に客席まで来てサーブしたりと、その動きを眺めているだけでも愉しい。コンロをうまく使い分けておられますねと振ると、フランスの三つ星では、もう10年以上前からこのやり方でしたよと、屈託なく微笑む。料理をカウンター越しに手渡すのではなく、都度厨房を出て客の後ろからきちんとサービスする、そんな徹底もぼくは見逃さなかった。
 
廣田さんと話が弾み、もっと飲みたい気分だったので食後酒をお願いすると、シェフ自身が大好きなんですよと、極上のフレンチラムが注がれた。こんなところにも、フランスでの豊富な厨房経験や現地の方々との交流を感じ、さらに、フランスの食文化をきちんと伝えていきたいとの心意気も受け止めた。
 
こんなレストランが一軒あれば、東京でのフランス料理の将来を憂うこともないのかもしれない。通りを駅に向いながら、もう少し拙宅から近ければいいのにとつぶやきつつ、早速文京区在住のフランス料理好きの友人にメールをした。
 
 
シオタ(Ciotat)
東京都文京区音羽1-22-18
080-3073-0179

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