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仲間思い。

 スターターを回しているのに、エンジンが食物繊維の挟まった歯に歯痒さを膨らませる心のように素直に回ってくれない。バッテリーは交換したばかりだから問題はないはずだ。なのになぜかセルモーターはキュルキュ、で止まる。
 本格的な故障かもしれなかった。だとしたら、厄介なことになる。
 社外に出てエンジン下を覗き込む。おや? 地面がなんだか濡れてるようだよ。もしかしてラジエーターがやられてる? いや、それはおかしい。前から壊れているんだったら、少なくとも濡れ方は半乾きでなければいけないし、まだエンジンはかかっていない。発熱したエンジンを冷却するために仕事をすることで液体が膨張し、その圧力でどこかに穴が開くというのでは準列が違う。エンジンはまだ冷えたままなのだ。
 駐車場は、猫屋敷の敷地の一画に借りていた。猫屋敷とその敷地は、そこだけ人口比率が逆転している。人より猫のほうが多い。ニュージランドの羊と人の関係みたいにね。
 いつもなら猫は人に関心を示さない。人のすることに対しても、身に火の粉が降り掛からない限り相手にさえしてくれない。そんな孤高で対岸の火事しか眺めない猫が、この日に限って、エンジンのかからない車に好奇の目を注いでいた。
 最初は2匹だったが、4匹に増え、8匹になった。気がつくと101匹ニャンちゃんになっている。そんなに人間の不幸に関心があるのか。そう考えたら、無性に腹が立ってきた。腹が立つのに合わせて目が釣り上がるくらい不快になってきた。
 その時、1匹が切なく鳴いた。少し遅れて高音の猫、アルト、バスが続いた。
 声は丘のようになだらかで、野辺に落ちる涙のようだった。声は止まず、川下に流れていく煙のようだった。
 行く先は、目では捉えきれない地。声はその棺を担ぐ聖歌に代わっていた。
 好奇の目と思ったのは錯覚だったと今さらながら気づく。ヤツらは送っているのだ。
 誰を? オレを? まさか。
 ふと、エンジンルーム下のシミが結びついた。
 もしや。
 急いでボンネットを開けると、いた。ドライブベルトに首根っこをつままれた猫が、必死の形相、猫の手で宙をつかんでいる。白目を剥く寸前だった。急いでドライブベルトを逆回しに引っ張る。するとするりと拘束取れて、溜めた力を解放したバネのように首根っこ猫がびゅんと飛び出していった。
 エンジンルームはちびった小便まみれだった。
 やれやれ。それでも事故にならなかったことは不幸中の幸いであった。故障でもなかった。一大スペクタクルの観劇後みたいに、張った肩から力が抜けた。聴衆猫を結んでいた緊張の糸も解けたのだろう。101匹ニャンちゃんは、猫のくせに蜘蛛の子を散らしたみたいにみんないなくなった。以来、車にも無関心だった猫屋敷の猫たちは注意深く車を遠巻きに眺めるようになり、『危険 立ち入るな』の看板を素直に守る優等生のように、車に近寄らなくなった。
 ただ、怖いもの見たさの好奇心が強く腕っ節もまた強い猫だけが、ときおり縄張りを誇示するために、尻尾を上げて尿をタイヤ目がけて吹きかけては、飛ぶように走り去っていくのであった。



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