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音が減った。子供の姿が減った以上に、乗算しながら、広げた風呂敷まとめ、夜中にこっそり逃げるみたいにして、音は引き上げていった。プリウスもノートも、電気の音はサッシの窓を超えてこない。いずれ、遠くの空で糸を引く飛行機も、静寂設計になるという記事もあった。
電車では、音漏れ苦情に、私語厳禁風潮。たまのおしゃべりグループいたら、白い目の矢がビュンビュン放たれ、射抜き、常識ある者の発した言葉は言葉尻から死んでいく。
音漏れしないヘッドフォンは自制のモラル。住宅地で五月蝿いから子供を遊ばせるなと声を荒げる偏屈親父は利己の強要。いずれの渦も、溢れていた音の吸引機。おかげで、メガホンスピーカーから流れる町内放送の一言一句も屈託なく広がり、しっかり聞
き取れるようになったけど。
音は、死んではいけない。死んでも欲しくない。迫害されても生き延びたあの人たちのように、抑圧されたことで意志を磨き、清く輝くようになって、引き継がれていってもらいたい。
音に対する価値の変遷は、望まれるままに軌跡を曲げてきた。高度に成長しているからといって騒音は許されず公害印の烙印がバンバン押されたし、はみ出しヤングがバイクに乗ってゴーゴーするパッパラッパッパーの路上独占迷惑千万行為は、捕っても蘇るゾンビみたいな安眠と闇夜の切り裂き魔だったものね。
撒き散らされていた必要悪な音は、昭和が息を引き取る時、昭和が道づれにしていった。世は平静な時代にに引き継がれ、今は「五月蠅さはもうええわ」の5年目だ。
あの頃と比べると、格段に静かになった。ここのところしばらくはそう思っていた。なのに。
原宿に向かう山手線内回り。隣に陣取った着物姿のかつてのオバタリアン御一行が、溜めに溜めたここ数年の鬱憤を晴らすように、拡張現実の拡声器の如く箸が転んでも可笑しくない話を大声で応酬し合っている。電車の走行音さえ肩身を狭くし、彼女らの一言一句が拒絶する耳に、町内会のアナウンスよろしく次々と明瞭に飛び込んでくる。
白い目を向けられるのはあちらさんのはずなのに、切先鋭い矢の先がこちらの心臓に飛んできて、ずぶり、ずぶりと突き刺さっては内臓にまで食い込んでくる。
くそ、このままやられてなるものか。ふだんは持ち歩くだけの、外界の音が聞こえるイアホンを取り出し、シュワっと装着。外の音は聞こえてくるものの、音量マックスならば相殺されるはずだったし、うまく転べばこちらの音はあちらに届く。問題は、あちらがいい大人かどうかだった。いい大人なら、音害をわかってくれるはずだ。いい大人なら、人のふり見て我がふり直せる。それとも心臓が剛毛で覆われた我の化身は、自分のことなど棚にあげ、こちらの音漏れだけを切り絵のようにじょうずに切り出して、その部分を責めにかかるかもしれない。
危険はあった。賭けであった。だが、今やらなければ誰が立ち向か得るという? なにせ相手はいい大人を踏み台に生き延びてきたような、心臓剛毛派のオバタリアンの最上級バアサンタリアンだ。
イヤホンの準備はできた。あとはプレイボタンをタップするだけ。
と、そのとき。
「次、池袋よ」「あら、池袋」「池袋」
と、バアサンタリアンたち、会話にならない会話でざわめき立ちはじめた。どうやら次が降車駅らしい。しかも、文脈のない同じ単語による階調に頼っただけの以心伝心。心の通じた仲間うちだからこそ成立する、手慣れたコミュニケーションだった。
電車がホームに止まり、油圧を下げてドアが開けられると、ドヤドヤと電車を足蹴にするようにして騒音の塊が車外へ移動していった。嵐は去り、背後から青空が広がっていった。あくまでもイメージ的にということなのだけれども。このようにして、昭和時代に活躍した迷惑千万な騒音の群れが去り、車内に平穏が戻ってきた。
目の前から消えたからといって、安心はできないよ。嵐は移動しただけで、その勢力はちっとも衰える気配を見せなかった。次にはあなたの街に出没するかもしれないのだ。ホラー映画が最後に不吉な予言を残して終わるでしょ。同じこと。怖いものには続きがある。貞子だって何度消えても、そのあとまた背筋を凍らせにテレビから這い出してきたじゃない。
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電車は新宿方面に向かって動き出し、外界の音を拾うイヤホンが次の目的地に向かえずに耳に取り残されていた。イヤホンは装着の意味を失くし、外の音を耳が拾っていた。
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