見出し画像

世捨人。

 生きてきた紆余曲折の一筆書きを、立ち止まり振り返る。

 たいした線など描けちゃいない。それでもなんとかていをなしていそうではある。

 それでいいじゃないか。最近、竹が縦に割れたように潔くなれた。ないものねだりに満ちたこれまでは、届かぬ夢に手を伸ばし、宙を空振込る虚空の連続。どうせ届かぬものならば、いっそ断ち切れ、その思いが日ごとに増して、膨らみ、固まり、勢いづいて、ちょっと気を張りすぎていたものだから、緊張で固くなり、脆くなっていたんだね。ポキンと折れた。

 それだけのこと。

 足るを知るなんぞ、達観の域とは桁違い。こちとら選ぶと選ばざるとに拘らず、自ずとたどり着いた諦観の域ときたもんだ。

 それでも、背負ってた肩の荷が消え失せて、もう背伸びの必要も無くなって、気楽なものさ。柳美里さんに手を引かれ、たどり着いたはJR上野公園口。

 ふくよか素顔の毛並みよろしい野良猫の飼い主老婆と口きけば、この世界にも浮いた話のひとつや二つ、有頂天に鼻を鳴らされた日にゃあ、二度と使うことはなかろうと覚悟を決めた色香の素に希望の灯火。さすがに老婆相手にその気は起きぬが、地獄に仏の御光を見た思い、堕ちてなお夢見心地の福残る。

 そういや昔、身なりよろしい紅顔の美青年が足繁く差し入れに通う、井の頭公園に虚の居を構える魔女がいたっけな。
 好きで不労の浮浪モノを選ぶ者もいる。あの時はそう思っていたけれど、真実は魔法陣に閉じ込められていたやも知れぬ。

 秋の夜長に本を読んでいる。読むと、微動だにしなかった自分が揺れて揺さぶられ、違う者になっていく。いい時間だ。

 新たに手にしているのは『貝に続く場所にて』。
 読み進めるのが怖くなるものすごい芥川賞が出たものだ。あんな文章見せつけられたら、またもや世を捨てたくなってくる。

 つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?