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『熱源』に揺さぶられた熱源。

 読み始めてしばらくしてから読み終えるまで雲海のような靄がずっと鈍く立ちこめていたのは、優勝劣敗による勝者の都合が魔手のごとく爪を立てていたからだ。
 
 川越宗一氏の『熱源』は、北方から降りてくる露人と南方から迫り来る和人との狭間で翻弄されたアイヌのか細く揺らぐ命の灯火の物語。追われ、与えられ、虐げられ、それでも守ろうとし、だから負けじと学び必至に生き抜こうとした人々は、消え入るかもしれない種族の行く末を案じながら生き延びようとする意志を握る拳に込め、希望をつなごうとしていた。

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 現代における日本は、世界からすれば復興を遂げた単一民族の先進国。二度目の大戦で大敗し軍部が槍玉にあげられたけど、勝って官軍になっていれば違った歴史の絵の具で塗られていたのは明らかだ。「優」に「劣」らば、勝者にひざまづくしかない。それが歴史の宿命。この史実は日本を悲劇の国に至らしめただろうか。
 
 戦国時代を経て泰平の世が終焉を迎えると、琉球が組み込まれ、蝦夷地が開拓された。蝦夷の地には、海の道で樺太までを行き来するアイヌの人々が、南に目を向ければ琉球王国独自の民族がいた。
 それが今や北海道から沖縄までがoneニッポン。優勝劣敗の勝者が広げた領地にほかならない。
 こんなことになっているのに単一民族って言いきっていいわけ? 国土を広げた目的は? そしてその目的達成のために払った犠牲は何?
 
 
 日本国内での国盗り物語はその派手な演出から江戸時代に入るまでと教科書は教えてくれたけれど、しっかりその水脈は引き継がれ、明治に入ってからも水面下で国盗りを進めていたんだね。
 それを魔手と呼ばずになんとする!

『熱源』は、そんな思いがずっとくすぶり続けた読書。ふたつある耽読の楽しみのうち、自分を形作る感性や感覚、知識、思考とが火花を散らす試練の場としてのほうをおおいに悩ませてもらった。

 ん? 耽読のもうひとつの楽しみ? それは言わずもがな、物語の描画に絵筆のごとく身をとっぷり浸すこと。


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