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いい塩梅の投資でグッチに磨きをかける。〜趣味のオートバイの話 3

オートバイの音を目ん玉飛び出すほど高いお金を払うことなく、いい塩梅の出費で楽しみたい。
そんな思いで始めた独自調査。
果たして納得の結末を迎えることができるのか?
趣味のオートバイの話 1
趣味のオートバイの話 2
から続く3話目。

ネットで見つけた解決法は、
ーー国内で購入する高額なマフラーと違って海外には安価なものがあり、その中から納得できるものを探し出すーー
ことだった。

突破口は、国内に入ってこない情報にあった。
国内では無名、もしくは市場に見当たらないけれども、海外では知られたメーカーのアイテムというものが存在していた。

購入の条件は、耳にして心地よい音を奏でること。
うるさいのはいけない。下品極まりない。
軽い音もいけない。威厳がないと満足ごころがくすぶるだけだからだ。

専用パーツでない場合、どれだけ苦労しても最終的に無駄足に終わってしまう可能性がある。どれだけ安くマフラーを仕入れても、装着できなければ意味はない。依怙地になって、創意工夫にこだわってしまったら、それこそ泥沼。ジョイントの手配でオーダーメイドに手をつけてしまったら、それだけで足が出てしまう。

だけど汎用パーツを、どこぞの名前を知らないチャレンジャーがあっさり装着しちゃってたりすることがある。たまたま適合しちゃった、というやつだ。
実例は、リスクヘッジ。前例に倣えばいい。

装着できるかどうかという問題のほかに、果たして音質に満足できるか、という問題が残される。
解決法はいたって簡単と安易に考えた。所有しているバイクと同じ車種でなくても、排気量が近似した車両の音を聴けば、音質と音量を確かめられるはずだからだ。
このふたつの観点から、いくつもの組み合わせをネット動画を漁りに漁って模索していくことになる。
マフラーの種類を画像でピックアップし、スタイルを吟味して納得できれば動画を探しに行く。で、音を聴く。地道な作業を繰り返しだった。

いい音改造計画の対象は、MOTOGUZZI V7 Stone。
スタイルが気に入ったマフラーを見つけても、合致する動画が存在しないものもたくさんあった。
塩梅のいいリーズナブルな投資といえども、失敗すれば装着できないマフラーだけが残る。役にたってくれないマフラーは、生まれてきた存在意義を失う。無駄な出費にもしたくなかったし、誕生してきたものを足蹴にしたくもなかった。
後悔と良心の呵責に苛まれることは全力で避けなければならなかった。

ーーーーー

音は息だ。
命を与えられなかったものたちにさえ与えられた存在の息遣いだ。
風は歌うものであることも、ことばが死んでいくことも、わたしたちはもう知っている。
どこかの乾いた土地で目をまわしながら転がっていたエアプラントのひとつが、今うちにやってきて安堵のため息をついている。
音が、聴こえる。

バイクにだって声がある。歌を口ずさむことだってあるかもしれない。
趣味の世界を突き詰めていくと、いろんなところが尖っていく。
尖った感覚はまた趣味世界から離れた生活領域全般にもその繊細になった触手をはべらせ、広がり、広げていく。
色を塗り変えていくみたいに深く静かに、浅く鮮やかに自己変革を耳元で促し、その実ほんとうに色を塗り替えていく。
自分が少しずつ変わっていく。

それはそれは、小さな脱皮の成長循環。

ときに穏やかに。またある時はワイルドに。
成長の脱皮が繰り返されていく。

趣味のアルゴリズムは今、ボーン トゥ ビー ワイルドを見据えろと言っている。

音への探求は終わらない。

(続く)

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