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朝の報せ。

 夜の闇が暁光消しゴムに消されはじめると、朝が音をたてはじめる。波を運んできた風のさえずり、まどろむ小鳥の恋人たちが未練を引きずり引きとめ合う甘味を口に含んだ別れの辛味。
 水揚げをさばいた女たちは、あまり物を手に鼻歌を音の出る音符に変えて、ひと足早い朝に向かい、ひと仕事を終え陸に上がった漁師たちは清酒の瓶を傾けて、とくとくやって引きずった夜を締めくくる。
 朝は帳を下ろす報せの汽笛に満ちている。ヒナが餌をねだるようにしてあちこちで小さな産声をあげはじめると、街の裾野が閉じていた大きなまぶたをうっすら上げる。朝は、世界が目覚めるホワイト・カーペット。巻かれた白絨毯のロールが東の地平線まですぅーっと伸びていくと、その先からいよいよ燦々笑顔の太陽のご登場。地平線からひょっこり顔をのぞかせにかかるんだ。
 義務教育時代の夏休みじゃあるまいし、そいつを『希望の朝だ』なんて思いやしないけど、それでも日めくり超えて現れた新しい朝には、清々しさ粒子がたぶんに含まれている。愉快、爽快が明快に、体の芯からあふれてくるのがわかるんだ。

 朝の報せが耳に入らないと、朝が新しくなった気がしない。遅寝早起きが過ぎると多寡の無理が翌日のあれこれに支障をきたすことがあるけれど、早起きで得られた得がすっ飛ぶほどの損を食らったことは、いまだかつてなかったよ。
 朝は、朝の音を聞くに限る。人生100年。長いようでもできることって限られている。その限られた日々の一転一転に、刻みのしるしの音を聞く。
 朝の報せはいつだって、希望に顔を上げている。

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