平和の鳥瞰図。
テレビを観ていた。人を嫌う山々が三角頭を並べる山中に、されるがままにたゆたうオフィーリアのように、運命さながらゆらゆら四万十川が映し出されていた。
山と川には木々があり、命がある。非人工的な装いに、非人間的な世界広がる。
木々は爪先立ち、草は膝を抱えている。枝葉は影をつくり、影は命を隠していた。清水が川底から蠢きをうかがい、空を仰ぐ。
すると、ふと、空に。命を繋ぐために渡ってきた野鳥。
その中に、乾いた美声を、見つからず探させず、遠くで囀りを響かせ、原色の絵の具を引いた躯体のヤイロチョウ。
制作はその幻の鳥に焦点を当てていた。
大きさはスズメよりひとまわり大きい。それでも人間と比すれば体長で10分の1、体重だと1000分の1にも満たない小さな命。
そんな小さな体から見渡せば、地球は巨大だ。ふと、雲が空に現れたみたいに、そんなことを考えた。景色は人間が見るそれよりも10倍も1000倍も大きいのだろう、と。
進撃の巨人が捉える地球とは違う。その小さな足で地表を踏みしめることはできても、踏み潰すことはできない。
人もこのくらいの存在だったらいいのに。メスを巡る攻防はあるにせよ、ジェノサイドは起こらない。誰かを踏み潰そうとすることもない。
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