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神隠し。

「娘とは縁を切りました」義父になるかもしれなかった彼女のお父さんは、世間から向けられた冷たい視線を避けるようにそう言った。

(お義父さんはどこを見ているのですか? 何を探しているのですか?)

「離れて暮らしていたことがいけなかったのかもしれません」
 彼女の手の届くところには、姉思いだけど派手な業界で昼夜を問わず外界との交流の波に乗り、飲まれ、泳ぎ、たまに溺れる顔立ちのしとやかな背の高いスレンダーな妹がいた。同じマンションでそれぞれ孤立した部屋で暮らしていた。
 変な兆候は見られなかったのに。そう語った妹が姉と会話を交わすのは、毎朝食事を摂る食卓のほんの十数分しかなかった。話すのは互いの仕事で起きたエピソードや彼氏とのささやかなやりとり、翌日の朝食メニューや話題の映画やら。剥いても剥いてもタマネギみたいな実のない会話がほとんどで、毎日すり替わっていくニュースみたいなものだった。だが生を授けられし全ての命は、日々同じに見える新陳代謝をとおして堆積していくものがある。塵が積もって山と化すこともある。
 宇宙の神秘を説かれ、科学で説明しきれないものには理由があると諭され、連れて行かれた勉強会に、ついには知人、友人を誘うようになっていた。
 アメリカで合宿があるの。2か月におよぶ研修で、ピサの斜塔と化した彼女の意志は、地面に開いた巨大なやり口に完全に飲まれてしまうことになる。

「勘当ですよ」お義父さんは冷たい視線を避けながら、やりきれない思いに引き摺られて、瞳の行く手を地面に落とした。

(お義父さんはどこを見ているのですか? 何を探しているのですか?)

 誰にだって家族がいる。あなたがいるということは、少なくとも家族があったしるしだ。
 家族は現在進行形もある。引き裂かれた過去完了形もある。

 お義父さん、あなたは閉じられた夜のとばりに、一条の光をもたらす光星ひかりぼしを探していたのですね。

 返してよ、彼の家族。返してよ、僕の家族になるかもしれなかった人を。そしてまた、子にとってしかるべき姿の親たちを元に戻してその子供らに。間に合ううちに。

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