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恐怖のツンデレ商法。

 とんでもないツンデレの営業に出会った。商いの風上にも置けない容赦のなさだった。クラフト・ビールの定期販売だった。誘い文句は「今ならサーバー代金が無料ですよ」。シナを作り甘えた声でお得を餌に罠にかかる虫けらを誘っていた。スタイル抜群の美人で黒髪にキューティクルが光っていた。チラシを差し出されたので、蜜に群がる虫の1匹と化し、吸い寄せられるがままに手に取った。「どうですか、おひとつ」ねっとりまとわりつく甘い声が耳元をかすめていく。クラフトビールか、いいなあ、と、鼻の下を伸ばしたついでについ気も緩みそうになる。サーバーが無料ということだしなあ。つい美人の、ミニスカートから伸びた足にダメおしされそうになる。あの足が、くっ、とこう、くの字に曲がって、おいでおいでと誘ってきたら、誘われるがままに財布の紐を緩めちゃうんだろうなあなんてことを考えながらチラシの文字を追う。
 ふむふむ。2リットル入ったタンクが定期的に届くわけね。で、お値段は? 見て、びっくり仰天。かつて酉の市の出店で、ビール大瓶2本と焼き鳥5本で1万5000円をぼったくられたことがあって、まさにあの時の悪夢の再現値段。チラシを持つ手がワナワナ震えても不思議じゃない衝撃が走った。
 酉の市には、ご祝儀というものがモノの値段に付随してきて、相場というものを形成する。それをそのままクラフトビール売りに当てはめると、商品の値段に助平心を加味して相場を決めていたということか。
 しかも「おひとついかが」と言っておきながら、猪口を差し出す気配すらなしの味見なし。これじゃ、福袋にも満たない言いぶくめブラックボックスじゃないか。
「味もわからないものにしては高すぎるね。これじゃあサーバーが無料でも」このあとを続けたかったが、言わせてはもらえなかった。
「あ、そ。じゃ、さよなら」
 手は、埃でも払うように、その場を追い払っている。なんだか虫けら以下に貶められたきぶん。
 あれ? 商売っていつからこんなに強気で営めるようになったんだっけ?
 そりゃ需要と供給のバランスが、強気の値段や上から目線の態度に転換されることはある。アップル製品にアメ横ばりの値切りはいっさい通用しないし、鮮度命のセグロイワシの刺身を都会のうらびれたスーパーで投げ売りされていたってちっとも買おうとは思わない。
 あの美人の営業成績を考えた。ツンデレ商法で、まさかの成績トップだったらどうしよう。もしそんなことが現実であったなら、消費者としての心構えを考え直さなければならないと思ったのだった。

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