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寂のち騒。

 林立する戸建てと、たまに巨木のビルディング。都市の早朝、住宅地はときに街の森となる。行き交う息遣いは未だ寝床でくすぶりつづけ、都会の野鳥も眠気まなこのボサボサ頭を翼の指先でポリポリ掻きむしる。夜の気配がかすかに残り、夢の途中が宙を行く。
 寂とした朝。こんな朝は取り残された感で1日が始まる。誰もがいっせいに姿をくらまし、極みたつひとりぼっちがむくり寝床で起き上がる。
 哀も焦もない。ただひとつの存在が世界を支えているみたいな自惚れが、切り離された感を独占感にすり替える。

 恐ろしいほど静かな都会の朝に、竹林山林を背負った深山からおのぼりしてきた御心が感嘆の声をあげた。9軒向こう隣の読経は今朝も聞こえてこなかったし、新聞配達員は暗いうちに仕事を成し遂げていた。
 誰かが息を潜めているのなら、ごくんと生唾飲む音に気配を察知できるものを、この朝は障子に指で穴を開ける音さえ聞こえてこない。

 暗が夜のとばりで始まるように、明はときにこのように寂から始まる。

 雨音はない。空梅雨で真夏日に続く朝。じき、取り残していった音が戻ってくる。

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