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家電化石館。

 厳重な鍵がかけられたガラスケースに、取り残されたみたいにカセットのウォークマンは膝を抱え佇んでいた。単三電池を与えてあげれば、今にも人心を躍らせる魅惑を振り撒きそうな、そんな現役感を滲ませていた。
 だけどそのバッテリーケースに、もう誰の手も届かない。なんぴともその躯体に触れることができなくなってしまったからだ。

 思い返せば衝撃的なデビューを果たした時代の寵児だった。音楽を手のひらに乗せて街に持ち出すなんてこと、それまで誰も考えなかったもの。でっかいラジカセをみんなで囲んで聴いていた音楽は、あの日、個人の耳の内に閉じこもった。

 あの、オーバーイヤーのヘッドフォンに陶酔顔で音楽を耽読する猿を覚えているだろうか。閉じた瞼の裏側で、猿は音の一言一句を追っていた。
 
 時代が歴史書のページをめくり、ウォークマンはオーディオマニアもろとも化石にした。ウォークマンを凌駕したiPodさえもがいなくなり、今では家電化石館の片隅で終えた役割に鎮痛な面持ちで眠っている。
 
 音楽視聴の変遷は、実にドラスティック。有線はある日突然無線になり、世間を騒がした音漏れが「ながら聴き」として復活した。

 流れが変わったのではない。大河を遡れば細かな支流に分かれていくように、時間を下って細分化したのだ。
 音楽視聴のダイバーシティ。技術革新の裾野はこれからも広がり続け、化石館をますます充実させていく。

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