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季節を嗅ぐ。

 昨夜遅く、閉ざして闇に沈んだ明治神宮の原宿口に差しかかろうとしたあたりで、晩秋が別れを告げにきた。晩秋は燃え尽きた太陽の焦げた残滓の匂いがする。遠い日に禁じられた垣根の曲がり角の焚き火が、記憶中枢の神経交差の真ん中で燻っていたせいなんかじゃない。たしかに闇に紛れていて、触覚をとおして別れを告げにやってきた。巨体とも虚体ともつかない巨象ほどの塊で、魂を宿して義理堅く別れを告げにやってきた。
 晩秋の匂いは嫌いじゃない。潔く身を引く覚悟の表明なのに、惜別もなければ惻隠も漂わない。感情を喚起させない無害なその匂いは、本音を言えば大好きだ。
 晩秋は別れを告げたあと、その身と同じ色をした闇に消えた。また。そう言ったような気がした。
 次に会えるのは1年後。その前に、あいつにも会っておかなければならない。北国では天真爛漫に猛威をふるいはじめたあいつ。こんもり町を変化する白般若の淑女。その中でも、健気で無垢で慎ましやかな、無風無音にしんしんと艶声を漏らしながら降りてくる雪粒群は別格だ。無風無音にしんしんと艶声を漏らしながら降りてくる雪には、匂いがある。無風無音にしんしんと艶声を漏らしながら降りてくる雪だけが放つ匂い。気温の温を音に変えて2オクターブ下げた谷の下方で紡がれる、固く細く、なのに芳醇な匂い。
 ぼくはかつてその匂いを初めて嗅いだとき、たしかに「雪の匂いがする」と口にしていたんだよ。


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