見出し画像

道のり。

 寛容に包み込まれた手のひらの上で、拘束とすり違えた錯覚が蛮行に走る。
「ニンジン入れないでってあれほど言ったのに!」子がわめく。
「はいはい。それでも好き嫌いはいけないわ。お百姓さんの一粒が大切なように、ニンジン1本1本も大切なものなのよ」
 諭しは豚に真珠、調理された料理から、ニンジンのひとカケラずつ、つままれては皿の場外に除けられていく。
 母の仕事は、食事の準備と食器の後片付けだけに終わらない。無駄になった食材に胸を痛め、子へ馳せる思いの遠さが一縷の寂しさを燻らせていく。
 除けられたニンジンをひとつずつつまみあげ、空いた食器に移していく。
 母は、いつか子に想いが届くことを願いながら。
 母の所作を横目に子は、ニンジンをつまみ上げる際に母がふと顔にした苦しさの笑みの意味を理解する日に向かっていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?