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 昼は夏 夜は 秋の虫鳴く 9月かな

 昨年の今ごろ詠んだ句だ。振り返ればいとも容易くひっくり返る手のひらのように、ひらりと過ぎた一年だった。何をしたという手応えがない。それぞれの車両に名を付けられることのない通勤電車が入線しては発車したというだけの感覚に似ている。
 そもそも、何か腰を上げるようなことをしたからといって、積み上げる思い出にまんざらでもない顔ができるだろうか。楽しいことも嬉しいことも、そうでないことも、終わってしまえばすべては、放られた石のように地面に向かい地べたに戻り、最初からやり直さなければならない。再出発の始点は、これまで歩み始めた過去の始点とそう変わるものではない。
 来年を思い描いても、変わり映えのしない未来しか思い浮かばず、明るいはずの希望に火が灯らない。

 ウィルスのせいだろうか。蔓延という停滞する低気圧を吹き飛ばすだけの元気高気圧、まだ発生の兆しすら現れず。

 諦めが悪いのだ。『未だ現れず』は『必ず現れる』を希う心なのだから。

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