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ふたりのみ~忙しい妻への贈り物~

「あぁっ!!もう!!ちょっと先に洗濯物取り込んじゃって!!って、ちょっとパパ!?ミチこっちに来ちゃってるから!ほら、ミチあっちでテレビ見てて!!キッチンは危ないから!」

共働き、おまけに2歳の双子のいる鈴木家の平日の夕方は戦争だ。しかし休日だって同じくらいにてんやわんやだ。大人二人がかりだって2歳児2人にはかなわない。

「ままぁ!」

「あーーーーよっちがあああああ!」

文香は子供たちの騒ぎ声を聞きながら野菜を切っていた。ぶつ切りにしたニンジンを鍋に放り込みながら発泡酒を煽る。今夜は鍋だ。というか今夜も鍋だ。週末に鍋以外の料理を作る気力は文香には到底なかった。

「お。今日は豆乳鍋だね」

冷蔵庫から発泡酒を取り出しながら正幸がにこにこと言う。

「そう。ごめんなさいねいつも鍋ばっかりで」

イライラが自分でもわかるくらいに尖った声が出てしまう。

「なんも!鍋~栄養たっぷり~」

テレビの曲に合わせ、腰を振りながらリビングに戻っていく旦那の姿を見て、文香は大きくため息をついた。双子ベイビーたちは旦那の足にまとわりついて一緒に踊っている。

なんだってこの人はこんなにもご機嫌なのだろう。

またもやため息が漏れる。わたしはこんなにも毎日いっぱいいっぱいでこんなにも頑張っているというのに。

「ちょっと!早く洗濯物取り込んでっていっているでしょう!!」

ニンジンに大根。たっぷりの白菜にきのこ、豆腐。豚バラに肉団子。あとは納豆ごはん。

とりあえず栄養バランス的には問題ないだろう。文香は鍋をテーブルの上に乗せる。いつもの。代り映えしない我が家の週末メニュー。

「ちょっと!!パパ!先お風呂洗ってきちゃうから。鍋吹きこぼれないようにみててよね!」

「いっただきまぁす。かんぱーい」

飲みかけの発泡酒で乾杯をする。

「ままぁあちい。ふーふーして」

「もっと、ぎゅうにゅうのみたいのよ」

「あーミチばっかり。よちもフォークがほしい」

「ままーたべさせてーー」

「ちょっっと!!!!よっち!ちゃんと座って食べる!!ふらふら歩かない!ミチは食べさせてあげるから!ちょっと待ってて!」

右手には子供用スプーン。左手には発泡酒。これが夕飯のデフォルトスタイルだ。自分自身の食事は二人が満腹になってテレビを見始めてから。そんな生活も2年も続ければだいぶ慣れてくるから不思議だ。

ぴんぽーん

チャイムが鳴る。

「あ、おれかも」

ったく食事時になんだよ。文香は小さく舌打ちをした。

「なんだろー」

「なんだろー」

玄関に向かう正幸の後について双子たちも出ていった。彼女らはいつだって来客に興味深々だ。

「あーーーーつかれる」

つぶやき再び発泡酒を煽った。少しだけぬるくなったそれは喉に張り付きながら流れていく。子育てがこんなにも大変だなんて思ってもみなかった。いつだっていつだってわたしばかりが疲れる。辛い。ほんとうに辛い。

「はぁ……いまのうちに食べよう……」

鍋に箸を突っ込むと、何か固い物体にあたった。

「?!」

引き上げてみるとそれは長い長いソーセージだった。

「……なにこれ?」

いれた記憶のない物体に困惑していると、段ボールを抱えた正幸が戻ってきた。

「あ、文ちゃんついに見つけたね!大当たり~それは信濃屋の燻製ソーセージで~す!」

「え……?」

「前にテレビ見て食べたいっていってたでしょう??さぷらーいず!」

確かに前にそうつぶやいた記憶はある。でも本当に小さな声で、ポツリといっただけだったのに。それを聞いていたというのか。

あっけにとられながら、それを小さく齧ると口の中でぷちりと弾けた。旨味と肉汁が溢れ出す。

「……おいし」

「でしょう!!よかった!あとこれね」

そういって今しがた届いた箱を渡してくる。

「なにこれ」

「開けてみて~」

段ボールを開けるとそこには色鮮やかなちいさな瓶ビールがたくさん詰まっていた。

「クラフトビールだよ。たまにはおいしいもの一緒に食べたり飲んだりしたいと思って。いつも文ちゃんすごく頑張ってくれているからさ。ありがとうね」

「ありがとね」

「ありがとね」

双子たちも楽しそうにリピートする。

にこにこと屈託なく笑う正幸の姿が少しだけゆがんだ。

「……なんかごめん」

「なんでよ笑 さ、飲もう。食べよう」

「……ありがと」

「……でもわたしこのソーセージは焼いた方がいいとおもう」

ははは、と楽しそうに笑う正幸の声を聞きながら、文香は涙が流れぬよう思いっきり頬をつねった。

それをみて双子が笑う。

あわただしい。でも大事な。あたたかな休日。

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