見出し画像

夢追い人の綴り~普通を愛し、普通に愛されぬ~

男祭りはシェアハウスをしていた。
その名も『男祭りハウス』。ひねりのない名前だが名前などそのようなものだ。仮のものとして据え置いたものがそのまま使われる。分かれば何でもいいんだ、名前なんて。
話を戻そう。『男祭りハウス』。それは男たちが夢について笑い、夢について涙する家。巷ではパンツの代わりに赤フンを履いているとの噂もあるが、真意は定かでない。そんな都市伝説めいた話でさえ真実なのではないかと疑ってしまう、なんでも起こり得るビックリ箱のようなお家。これはそんな家で起こった、一人の漢の苦悩が生んだ温かな物語。

「俺ちょっと女の子と電話するんで邪魔せんといてくださいね」
そう言って矢作が二階に消えていったのは一時間も前のことだ。二階などと言っているが個室があるわけでもなく、合宿所のように雑魚寝が出来るだだっ広いスペースがあるだけの質素なものだ。寝ること以外の二階の用途は服を置くくらいだった。
「コンビニでも行こうよ」居間で行なわれていた早稲田祭のステージ会議もひと段落し、空腹を満たすべく俺は提案した。日中とは打って変わって夜が急激に冷え込むこの季節ではコンビニに行くだけでも羽織ものが必要になる。矢作の電話を邪魔しないよう、静かに二階に上がるが途中でとある違和感に気付いた。「あまりにも静かすぎやしないか?」一分に一回はボケないと気が済まない、大音量の関西弁を喋るロン毛のヒゲ面な男。とても一年生とは思えないその風格とは裏腹に可愛い笑顔をするものだから困ってしまう。可愛さはさておき、喋りだけでなく存在自体がうるさい、矢作はそういう男だった。そんな男が電話をしていてこんなに静かなことがありえるのか?少しの違和感を覚えつつ音を立てぬよう扉を開けた。
「え、どうした?」
あまりにも予想外の光景に思わず声を発していた。扉を開けた先、布団に寝っ転がっていた矢作の頬には一筋の涙がつたっていた。

鼻をすする矢作の横であぐらを書きながら思考を巡らす。「もしかして告白して振られたのか?でもまだそんな進展していなかったはずだ。じゃあなんなんだ…」巡り巡る思考は所詮予測でしかなく、見えない答えに頭の中はモヤモヤで充満していた。
「出なかったんすよね」
「ん?」
「夏子、電話に出てくれなかったっす。俺嫌われたんすかね?」
詳しく聞いていいものか考えていたら、察した矢作がスマホを差し出してきた。渡されたスマホにはなるほど、夏子に丁重に電話を断られたトーク画面が表示されていた。
「俺、尖ってるじゃないですか。多分夏子みたいな普通の子は俺みたいなんかと付き合わないんすよ。尖れば尖るほど普通の子は俺の周りから離れていく。俺はただ普通の子と普通の恋愛がしたいだけなのに、それってそんなに無理な話なんですかね」
ダンゴムシのように丸まった背中で矢作が一つ一つ言葉を絞り出していく。
「タバコでも吸おうか」
冬の始まりが顔を覗かせる秋先の肌寒さ。身震いしながらベランダで吸うタバコはどこか儚く、どこか寂しさを感じさせる。現代っ子風に言うなら「エモい」ってやつだろうか。差し出したライターに「ども」と一言感謝を述べて矢作がタバコに火を付ける。沈黙の中、アーク・ロイヤルの甘い匂いだけがベランダを埋め尽くしていた。
「俺という人間はやっぱり尖っていたいんですよね。普通であることを俺自身が認められないというか…でもだからこそ普通の子に惹かれます。でも普通の子は俺みたいな尖ってる人間よりも普通の男と付き合いたいんすよ。ほんま、ジレンマっす」
耳を傾け、燃えゆくタバコをただただ見つめ、ポトっと灰が落ちたところで口を開いた。
「普通ってなんだろうな、難しいよな。確かにお前はやる事為す事、全部がぶっ飛んでるし、その点では普通ではないかもね。でも人を思える奴なのは間違いないし、人を思える奴が人から思われない訳がないよ。そのうち矢作の普通の人間と変わらない一面に気付ける素敵な人が現れるよ。それまではさ、こうやって一緒にタバコを吸っていよう」
ハハッと笑う俺を見て矢作も優しく微笑んだ。多くを語ったわけではない。深い話をしたわけではない。しかし二人の絆はどこか深いところで紡がれた。
肌寒い夜に、甘い匂いと温かな笑いがベランダを埋め尽くしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?