あの子

あの子は私から距離を置いて話しかけるのをやめたら話してくれることもなく疎遠になった。授業の間に話しかけに行ったり、昼休みのお弁当も机を合わせて食べていた。でも話しかけるのをやめたら何もなかったかのように話すことはなくなった。うつのなりかけからあの子の第一印象のちょっと怖そうとか、しっかり自分の意思を持って発言する姿を悪く変換して、かっこいいから怖いになってしまった。今考えるとうつのせいだ。悪い方向しか見えないし考えつかない。その時はなぜか分からないがそう自分がしてしまったと思っていた。もし今再会できたら、うつのせいでこうなって話しかけなくなってしまったと言うのだろうか?話しかけなくなったのは自分なのだからうつのせいにはしないでおくのか?やはり怖いイメージは少しある。でも親友に並ぶくらい楽しい時間もある。

その子にラーメンズをおすすめされて、次の日に「面白かった!」と感想を言い、共通の話題が出来て舞い上がった。他の友達は薦めても見ないか、見ても期待以上の感想はなかったかで、私の感想にとても嬉しがっていた。模試の合間やいつもはお弁当だけどたまに食堂に一緒に行った。地下の食堂の真ん中の席で「米津玄師聞いたことある?」と聞いて「ゴーゴー幽霊船はある。結構良い。」と言っていて、私も好きでその後トイレに行ってもその嬉しさを思い返していた。

大阪までカジェラというグループで小林賢太郎が作、演出の舞台を一緒に見に行った。公演が終わってアンケートの紙に熱心に感想を書くのを見て、触発されて必死に書いた。ホールのテーブルでかがみながら書いた。初めて舞台を見に行って興奮していた。舞台を作った本人が全ての感想を読んでくれるという情報も知っていてたくさん書いた。

見た後にエビフライを食べた。カウンター席に水槽が目の前にある店だった。おいしかったがいつものもういらない状態になり、その子が私の残った分を食べてくれた。「え?もういいの?ほんまにいいの?ありがとう。」と言っていた。食べてもらってる側としてはこっちの方がありがとうと思っていた。行きは阪急電車の中でお父さんと仲良しという情報を聞いた。私から会話を始めないと無言なので、帰りは話すことに疲れて無言だった。気まずかったし怖いイメージがさらに感じられた。

私が避けてから廊下をすれ違っても顔も見られず、横にいる友達と笑っていた。

4月からは違うクラスで完全に接点がなくなり、自分が勝手に気まずいと思っていたのもなくなった。完全に関わりのない同じ文系の人になってしまった。その後も全く話さず卒業した。

文化祭や体育祭でのツーショットを過去の写真から見つけたり、ラインの名前を見たり、散歩中見つけたあの子の珍しい名字の一文字が入った会社名で思い出す。ゴーゴー幽霊船でも、小林賢太郎でも思い出す。今でも同じ熱量で小林賢太郎のすごさを語ってくれるのかなぁ。

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