見出し画像

恋はウィルスまでもやっつける?

2020年4月、絶賛10年片思いのあの人がコロナに感染して入院した。


事の発端は3月。
3月と言えばまだ武漢で流行り始めた新型コロナウィルスが日本で大流行するちょっと前だった。
まだマスクをしなくても良い、ギリギリの時期だった。

いつもの様に突然の連絡が来て会う事となった。
夕方彼の家に行くと、前日飲み過ぎたからかダルいと言ってソファで昼寝をし始めた。
焼き肉でも食べようかと、恵比寿の駅前の焼き肉店へ行きその日は帰って彼のマンションで早目に寝る事にした。
翌日は彼の姪っ子がお誕生日なので、一緒に目黒の書店で「おしり探偵」を買いに行った。
「おしり探偵」は本人からのリクエストらしく、「9歳の女の子ならぬいぐるみもきっと好きだよ。」とアドバイスをしてハッピーバースデーのオルゴールが流れるテディベアも買い足した。
お腹が空いたので駅前の食堂でホッケ定食と豚の生姜焼き定食とビールを頼み、2人でシェアして食べた。
何とも無い日曜日が凄く幸せだった。

目黒から恵比寿まで歩いていると、彼がずんずん先へ進んでしまい私が5メートル程後ろに続く形になってしまった。
「足痛いの?」
「痛い訳じゃないけど、ヒールだし私〇〇さんと違って歩幅狭いから…」
「あーごめんごめん。」

そう言ってゆっくり歩いてくれたので、腕を組んで自宅までくっついて帰れた。
私を気にして遅過ぎるペースだったが、その方がぴったりくっつけるので言わなかった。
他の女の子の化粧ポーチを隠す優しさはないが、歩幅を合わせる優しさがあるのが不思議だ。

午後は姪っ子のお誕生日祝いに行くから、と言われ私は留守番をしながら彼のマンションで過ごしていた。
元カノとは家族ぐるみの付き合いをしていたのを知ってるが、私がそこに交わる事はないのだ。
寂しい気持ちも感じつつ、今ある幸せを当たり前と思わずに過ごさなくてはならない。

夕方になると彼から
「飯食う?その後予定あるけど、いていいよ。」
と連絡があった。
私はいつも一泊で帰るべきか二泊して良い物か分からずもじもじしてしまうのだが、この日はもう一泊しても良さそうだった。
「行くー」
と短く返事をして、スマホだけ持ってガーデンプレイスの地下の居酒屋へと向かう。
「姪っ子、本より熊の方が嬉しそうだったよ。笑 『きゃー』って叫んでた。女の子って分かんねーな。ありがとね。」
そんな会話をしながらビールを飲む。
「やっぱり昨日からダルいんだよねー。」
「熱でもあるんじゃない?何かちょっと熱いよ、おでこ。」
「酒飲んでるからでしょ。ちょっとサウナ行ってサッパリするわ。」

一度解散し彼はスパへ行き、私はマンションに帰宅して飼い犬と遊んで過ごした。
彼は趣味で経営してるバーがあり、今日はそこのバーテンが休みなので代わりにお店を開けるらしい。
勿論私は呼ばれる訳もなく、お風呂に入り日曜ドラマの最終回を観て早目に寝る予定だ。
昨夜歯ブラシがない事に気付いたのに買って来るのを忘れてしまった。
いつも女の子のお泊まり用に大量に歯ブラシをストックしているくせに、どれだけ盛んなんだよ、と文句を心の中で呟く。
仕方ないので今日も彼の歯ブラシを使う。
人の歯ブラシを使うなんて正気の沙汰ではないのだが、昔歯ブラシが無かった時に
「おとちゃんが気にしないなら使って良いよ」
と彼が言ってくれたのをきっかけに使う様になった。
映画にもなったポルノ小説「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」で主人公アナがグレイの歯ブラシを使うシーンを思い出すと、この低俗な行為も小説の1シーンの様な錯覚に陥るのだ。


そんな事を考えながら眠りにつくと、朝方の4時頃彼が帰って来た。
シャワーを浴びて歯を磨く音がする。
無言でベッドに入り私に背を向けて眠ろうとする彼に背中から抱き付き「おかえり」と小さく呟いた。
いつもの流れで短くて激しいセックスをする。
翌朝の月曜日、スーツ姿の彼に見惚れながら見送る。
玄関でほっぺに軽くキスをしてくれるのが私はたまらなく好きだ。
何でもない3日間だけどじわじわと幸せを感じる日々だった。


それから3日後の木曜日夜、フライトのステイ先で夕食を食べていたら彼からLINEが入る。

「熱、大丈夫?」
「大丈夫だよ。熱あるの?」
「39℃。きつい。」

どうやら水曜日から熱が上がり続けているらしい。
2人の会話には出て来ないが「コロナかも」と恐怖の気持ちが溢れていた。
病院に電話すると、コロナの疑いがある人は一旦来院はせずに自宅待機をして下さいと言われたらしい。
普通のインフルエンザかもしれないし、ただの風邪かもしれないのでPCR検査も出来ないそうだ。
毎日解熱剤とOS1を飲みながら耐えるしかないのだ。
とても心配だった。
翌日フライトから帰ると真っ先に昔の職場に相談し、インフルエンザ検査キットと解熱剤を処方して貰った。
「感染るから来なくて良いよ。」
と彼から言われたが、居ても立っても居られなかった。
4月のスケジュールは1ヶ月フライトがないので、最悪かかっても大丈夫と、意味の分からない事を考えていた。
それ位好きで心配だったのだ。

マンションに着くと顔を赤くした彼がいた。
39℃から下がらないそうだ。
食欲はなく会社の後輩が買って来てくれたフルーツしか食べていないとの事だった。
取り敢えず、インフルエンザであれば治療薬さえ飲めば何とかなるよ!と励ましインフルエンザ検査を始める。
喉の粘膜を綿棒で取り、薬液に浸してシートに垂らす。
暫く沈黙が続いた。

「………陰性…だね。」
「………うん。陰性だね。」

2人で目を合わせ、認めざるを得なかった。

「コロナだね、これ。」
「うわーコロナかぁ」

後日この瞬間は忘れられないねと何度も語られるシーンだった。
彼に梅干しのお粥を食べさせて、寝ている間に犬の散歩と掃除洗濯をした。
金曜ロードショーの「魔女の宅急便」を見ていると彼が起きて来た。

「泊まっちゃ駄目だよね?」
「うん、感染るから帰りな。タクシー使って良いから。」
「大丈夫、まだ電車あるから。また明日連絡するね。」
「うん、ありがとね。」

心配で名残惜しいが、ここで感染ったら元も子もないので、おかゆやゼリーやポカリを大量に買って帰る事にした。

翌日の土曜日は雪が降った。
「まだ39℃。」
「きついね。おかゆチンして食べて。雪だからやめとくね。」
「うん」

日曜日
「熱はどう?」
「40℃越えた。日赤来て、そのまま入院。」
「何か出来る事ある?」
「大丈夫。」

そうして彼はコロナ陽性が判明し2週間入院をした。
原因は2週間前に開いた鍋パーティで、韓国旅行帰りの女の子がクラスターを起こしたらしい。
その場にいた殆どの人が感染、彼を含め3名が入院をした。
私もさすがにやばいと思い、PCR検査を行った。
驚くべき事に陰性だった。
4月末に抗原検査も受けたが、感染した履歴も無ければ、一般的な人よりも抗体が少ない体質だった。

3日間一緒に過ごし、食べ物をシェアし、歯ブラシを共有し、セックスを二晩していたのに感染しなかったのだ。
今では馬鹿な事だと思うが、発症してから看病の為に一日中一緒にいても感染しなかった。
抗体がないと言った事実がある以上、軽症でもなければ無症状でもない。

こんな不思議な事があるのだ。

1年以上経った今では、
「おとちゃん俺とずっと一緒にいたのにコロナかからなかった変なヤツなんだよ。工作員だったりして。笑」
と、彼の武勇伝の飾り話として言いふらされている。


「恋はウィルスに勝つって事だね。」


そう言って彼の冗談に冗談で返す。

でも内心恋の力を信じている。
10年のパワーは強いのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?