デキる男になるべきかモテる男になるべきか Part.2 ー論理と共感のジレンマー
~前回のあらすじ~
車のことが大好きでたまらない理系の非モテ男。ある日、知り合いの女性のカートラブルを解決しようと奮闘するものの、対応を誤り女性の機嫌を損ねてしまう。その後モテ男のスマートなやり取りを目にするが、ことの流れに納得がいかず腹を立ててしまうのであった…
さて今回は解説編ということで、例のエンジントラブルのコピペについてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
論理モードと共感モード
件のコピペはとどのつまり、論理と共感のすれ違いを表面化させたものですが、その背景には論理性と共感性を両立させることができないという人間の脳のメカニズムがあります。
ネタ元になっている論文(※1)をあたると、人間の脳には何らかの課題を遂行する際にアクティブになるタスクポジティブネットワーク(TPN)(またはセントラルエクゼクティブネットワーク(CEN))と、タスクオフ時に活性化するデフォルトモードネットワーク(DMN)、そしてそれを切り替える際のハブとなるサリエンスネットワーク(SN)という3つのモードが存在し、状況によって使用する神経回路を切り替えているということのようです(※2)。
CEN(TPN)の主役となるのは脳の最高中枢である前頭前野の背外側部、DLPFC(Dorsolateral prefrontal cortex)と呼ばれる領域です。
DLPFCは主に注意・集中力、計画性や論理性、合理性、公正さなどを司っており、いわゆる前頭葉のイメージに近い働きをしている領域ですが、この部位の活動性はアンドロゲン(男性ホルモン)と関連があることが知られています(※3)。
一方、DMNでの共感に関わる領域としては主に、同じ前頭前野内の眼窩部(Orbitofrontal cortex / OFC)、腹内側部(Ventromedial prefrontal cortex / VMPFC)と言われています。
これらの領域はエストロゲン(女性ホルモン)濃度と関連があることがわかっており、また女性でよく発達していることが知られています(※4)。
よく言われる男性脳、女性脳というステレオタイプは、このような脳の構造の違いから来ていると言えます。
エンジントラブルのコピペに登場する理系の非モテ男も、論理に偏重しやすい典型的な男性脳であったがために途中から頭が完全に課題遂行モードに切り替わり、すれ違いが起きてしまったのかもしれません。
共感社会に潜むダークサイド
この論理と共感のせめぎ合いをあぶり出すものとして、有名なトロッコ問題(※5)というのがあります。
このトロッコ問題はハーバード大学マイケル・サンデル教授の『白熱教室』などでも取り上げられており、知っている人も多いかもしれませんがその内容を紹介しておきます。
5人が線路上で動けない状態にあり、そこにトロッコが向かっていると想像してほしい。あなたはポイントを切り替えてトロッコを側線に引き込み、その5人の命を救う、という方法を選択できる。ただしその場合は、切り替えた側線上で1人がトロッコにひかれてしまう。
線路上にいる人たちの中に知り合いはいません。
さてあなたならどうするでしょうか。
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ところでこのトロッコ問題にはいくつかのバリエーションがあり、以下の「The fat man」と呼ばれるケースでは少し状況が違っています。
あなたは橋の上で見知らぬ人の横に立ち、トロッコが5人の方に向かっていくのを見ている。トロッコを止める方法は、隣の見知らぬ人を橋の上から線路へ突き落とし、トロッコの進路を阻むことしかない。
このケースの場合、最初のシナリオでトロッコの進路を側線(1人)側に切り替えた人であっても、目の前の人を突き落とすのには強い抵抗を感じるはずです。
実際、調査では85%もの人が突き落とすことはできないと回答しているようです。
このトロッコ問題は、実は共感性の欠如したサイコパスをあぶり出す思考実験としても知られています。
サイコパスの脳はVMPFC、OFCの機能不全を特徴としており、共感性や良心というものが欠如しているため、躊躇なく人を線路に突き落とせるのです。
多くの人がためらいを感じるのは、脳がVMPFCやOFCが働くDMNに切り替わっているからですが、サイコパスには共感モードが存在せず、DLPFCによる冷徹な合理的意思決定に徹することができます。
サイコパス的な判断を支持するわけではありませんが、このケースでは目の前の関係に引きずられてしまうと結果的に五人の命を失うという甚大な被害をもたらすことになります。
太平洋戦争において3万にも及ぶ死者を出すという凄惨な結末をもたらしたインパール作戦は、ある意味このトレードオフが最悪の形で表れた結果とも捉えることができます。
大本営の中枢、 参謀本部作戦部長真田穰一郎少将は、ビルマ防衛は戦略的持久作戦によるべきであり、危険なインパール作戦のような賭に出るべきではないとみなしていた。したがって昭和十九年一月初旬、綾部が上京して「ウ号作戦」決行の許可を求めたときにも、真田は、補給および制空権の不利と南部ビルマの憂慮すべき事態を指摘して作戦発動不可を唱えた。綾部は、この作戦は戦局全般の不利を打開するために光明を求めたものであり、寺内南方軍司令官自身の強い要望によるものである、と大本営の許可を懇請したが、真田はそれに答えて、戦局全般の指導は南方軍ではなく大本営の考慮すべき任務であると反論した。ちょうどそのとき、杉山元参謀総長は、寺内のたっての希望であるならば南方軍のできる範囲で作戦を決行させてもよいではないか、と真田の翻意を促し、ついに真田も杉山の「人情論」に屈してしまった。またしても軍事的合理性よりは、「人情論」、組織内融和の優先であった。
『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 / 戸部良一ほか 著
上層部というムラの中での人間関係の"和"が最優先された結果、論理性や合理性、公正さが吹き飛ばされ、史上最悪とも言われる作戦は決行されてしまったのです。
このような事例は空気を読む、忖度するという文化のある日本だからこそ起こったと言えるかもしれませんが、これは社会において協調性が非常に重視されていることの表れとも解釈できます。
そもそもこのような協調性を重んじる社会が生まれたのには歴史的な背景があると考えられます。
日本は昔から災害大国として知られていますが、天災によく見舞われるような厳しい住環境においては、外部の変化により敏感に反応するという性質が生存に有利に働きます。
それは不安の強さとも表裏一体ですが、そうした厳しい環境を生き抜くために、集団(ムラ)を形成して助け合うような社会を作ってきたのです。
そのような社会の中で、自己中心性が高く協調性に欠ける者、ムラから一方的に資源を奪うだけのテイカー(フリーライダー)は掟を破る者として排除され(村八分)、それを何世代も繰り返す中で、より"空気"に敏感で協調性の高い個体が生き延びてきたと考えられます。
いわゆるKYな人間がハブられてしまうのは、こうした適者生存の名残とも言えるかもしれません。
ただしこういったムラ社会的集団主義では協調性が重視されるあまり同調圧力に支配され、先のインパール作戦の舞台裏がそうであったように論理性や合理性が忘却されやすいという欠点があります。
またムラ社会での強いつながり、おらが村至上主義は、ムラの外の社会への関心を失わせるため公共心が芽生えにくく(※6)、縦割り構造やセクショナリズムというムラ vs. ムラの構図を生みやすいという弊害があります。
実際、人と人との結びつきを強化するオキシトシンという愛着ホルモンにはそれ以外の関係性を排除する、排他性を促進するというダークサイドがあることが知られており(※7)、つながりの強さこそが身内びいき、社会への無関心を引き起こしていると言えます。
よく漫画などで「この世のすべてを敵にまわしても君を…」というセリフがありますが、このセリフにはまさしくオキシトシンのダークサイド、排他性や公正さの欠如が表れています。
「お主も悪よのう」というお家芸も、ある意味目の前の人間関係を優先し過ぎることから生じているとも考えることができます。
デキる男はテクニシャン?
私の燃えるような社会的正義感と社会的責任感は、ほかの人間たちとの直接的な触れあいを求める気持ちの明らかな欠如と、つねに奇妙な対照をなしていた
私は人類を愛しているが、人間を憎んでいる
これらは相対性理論を提唱した天才物理学者アルベルト・アインシュタインが残した言葉と言われています。
一見矛盾しているようにも聞こえますが、これらの言葉にも友愛と博愛(功利主義的な合理性)のトレードオフを見て取ることができます。
組織のリーダーというものの存在意義が、功利主義(最大多数の最大幸福)の実現にあるとすると、強い共感性や良心はむしろその障害にさえなると言えるかもしれません。
企業のトップは社員と一定の距離をとるべきと言われるのは、旧日本軍上層部のように目の前の人間関係に引きずられると、全体最適という合理性、公平性を損なってしまうからということでしょう。
ある意味孤独はリーダーの宿命とも言えるかもしれません。
しかし勝ち組サイコパスとも言われるアップルの創業者スティーブ・ジョブズは、クリエイターから神と崇められるような存在であった一方で、彼の家族、同僚、従業員など身近にいた人々はひどい目にあわされていたという逸話があることから、共感性、友愛の情が全く欠如しているのにはやはり問題があると言えます。
大事なのはそのバランスであり、状況に応じて巧みにスイッチを切り替えられるテクニシャンこそが真のデキる男と言えるのかもしれません。
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