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盃つまんで Vol.19

続々・盛岡
    お昼をすませてコーヒーにしよう。 
 盛岡はまた喫茶店の町。これも大手のチェーン店ばかりになってしまった東京とちがい、個人でやる小さく個性的な喫茶店がいくつもあり、そのガイドブックもある。私のよく入る朝のコーヒーは喫茶「六分儀」だ。
 数段上がる入口は同じだが店名が「羅針盤」になっている。いつも座る席に水を置くのは若い娘さんだ。
 「コーヒーを」「はい」
 すすけた壁に沿うベンチ椅子、柱時計下のライティングデスク、その上の花、天井から下がる六本の白熱すずらん灯の柔らかい明かり、小型アップライトピアノ。木床のまん中に石油ストーブが主役然と置かれ、小窓から火が見える。
 小さく流れるのはシャンソン。私の座る左は、ジョルジュ・ブラッサンス、ジャック・ブレル、岸洋子などシャンソンのレコードが立て並び、その奥はレコードプレイヤーが回る。音はすべてアナログで、今かかっているのはバルバラ。鼻に抜けるフランス語ってきれいだな。客は女性ばかりで、ひとり静かに文庫本を開く人もいる。「北国の文学少女」にこれほどふさわしい場所はない。
 お勘定のときうかがうと先代ご夫婦は引退され、ここを継いだそうだ。それ以上は言わない控え目がいい。店名以外なにも変えないでくれているのが嬉しかった。

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