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6人家族、犬と猫に囲まれて

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
穏やかで気持ちよく過ごして、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。

Aさんは、70歳代男性。S状結腸癌の診断で、抗癌剤の内服治療を約2年していましたが、食欲不振と検査上全身状態の悪化があって入院治療しました。退院後の化学療法は、体重が落ちて体力的に通院が難しくなりました。

そこで、積極的な治療は希望せず、介護保険を申請して、かかりつけ医の往診を希望しました。病院から、ケアマネと訪問看護に依頼があり、その話の中で、家族は在宅で看取ることを希望していると聞きました。

Aさんは、奥さんと娘さん家族の6人暮らし。
奥さんは週3回透析に通いながら介護をしています。娘さんのアルバイト先は近くて、昼休みには家に帰ってきます。
1階はキッチンと和室、2階が寝室でしたが上がることができなくなり1階で過ごしていました。キッチン横には、小型犬のケージがあって、2階につながる階段に猫がいます。

食事は1回量がたくさん摂れないので、高カロリー飲料と、口当たりのいい玉子豆腐などを食べていました。鎖骨のところに点滴用のポートがありましたが、Aさんも家族も使ことは希望しませんでした。
Aさんが食べたいものを好きな時に食べられるように、手の届く所に菓子や果物、飲み物があります。

娘婿さんが上手に介助してトイレまで歩いていました。それもそのはず介護職だそうです。だんだん移動が難しくなった頃には薬を飲み込むことも難しくなって、医療用麻薬は貼り薬と座薬や舌下錠へ変更されました。

1階の居間でAさんは寝ているので、家族やペットが常に傍にいます。貼り替えの時間は、家族みんなが気にしていて交換してくれました。屯用薬は突出痛という、定時の薬では抑えられない時に使うのですが、Aさんの表情や言葉を、その時に傍にいる家族が汲み取って薬を使っていました。

Aさんの体の動きが少なくなるとお尻に寝だこが出来始めました。1階はキッチンと和室が1つで介護用ベッドを置くスペースはありません。片付ける時間的余裕もありません。

ケアマネと相談して、畳に直に褥瘡予防のエアーマットを置きました。これなら布団とほぼ同じサイズで、今寝ているスペースに置くことができます。褥瘡予防マットのお陰で寝だこは悪くならず、痛みも出ませんでした。

寝たままの介護は娘婿さんが主になって力を発揮してくれました。

        *

Aさんは状況が厳しく在宅看取りが希望で、最初から毎日の訪問看護が予定されましたが、約1週間経った夜に「息が少なくなっている」と奥さんから電話があって、私たち看護師は臨時訪問しました。

手先が冷たくて酸素飽和度は測れませんでしたが、規則的な呼吸をしていて、今後起こりうる体の変化を伝えて改めて入院の希望を聞きました。

「本人が家にいたいって思っているから病院へは行かない」と奥さんは言いました。

翌日は眠る時間が増えて、声をかけても反応が少なく意識状態が悪くなりました。昼も夜も私たち看護師は訪問しました。
呼吸は努力様呼吸に変化し、深夜に家族全員が見守る中、呼吸は止まりました。
奥さんと娘さん夫婦、下の娘さんと兄夫婦に孫4人が集まり、私たち看護師は一緒に最期の身支度をしました。



最期を迎える場所は、病気が進んでいくことへの不安や家族の介護負担を思って病院を選択する家族もあるし、色々な理由から在宅看取りを希望する家庭もあります。

Aさんは完治が望めず、奥さんも長く病気を患っている状況で抱く思いと、孫やペットと離れたくない気持ちがあったのではないでしょうか。退院前に聞いたのは経済的な理由でした。

和室1つとキッチンに家族全員がペットと賑やかに過ごしているのがAさんの家です。


実際に在宅で療養を始めてから、入院と在宅療養のどちらがいいのか選択するには期間が短かったかも知れません。
それでも家を選択肢にできるように、私たち訪問看護師が家で過ごす時間を安心できる時間になるようしていたことがあります。

病院のようにナースコールはありませんので、広いお宅だと呼び鈴や福祉用具で用意できる在宅用ナースコールを使うことがありますが、Aさん家族は常に誰かが手助けできるように傍にいてくれて、ナースコールなんていらない環境でした。水をのみたい時、横を向きにくい時などに、すぐに手を貸してもらえることは大きな安心です。

訪問したら家族がしてくれたことを聞き出して、続けて欲しいことや工夫の仕方を伝えました。

最期まで家で過ごすために必要なこととして、痛みが少ないことが大きいと思います。
私たち看護師は、医師にAさんの様子を報告して、待つことが無いよう痛みに対応すること、その方法が家族に負担なく実践できることを心掛けました。


私たち看護師は、最後に病院を選んだとしても、それがその方にとって安心して過ごせることなのであれば背中を押します。

何が自分にとって大切なことか選んで欲しいのです。

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