90過ぎたら
生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
必ず、訪れる死から目を背けず、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。
90歳代の女性Fさんは、貧血があって通院していました。歩行器を使って歩いていましたが、力が入らず、熱が出て、ベッドで過ごす時間が長くなりました。
以前から利用していたデイサービスは、生活動作が変わっても受け入れられ通っていて、そこで寝だこ(褥瘡)が見つかりました。寝だこができたので皮膚科を受診していましたが、月1回の通院が大変になりました。
家族はかかりつけ医に相談して、医師から訪問看護の利用と訪問診療の提案がありました。
その話を受けたケアマネから、私たち訪問看護師に相談があって家に伺うことになりました。
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初めて会った時、Fさんと同居している息子さんは「90(歳)過ぎだから、家で最期までみたい」と自宅で最期まで介護することを希望しました。息子さんの奥さんは、以前Fさんの口から「入院はしたくない」と聞いていました。
主に介護する息子さんの奥さんは、デイサービスに通う頻度が少なくなったFさんの体を拭いて着替えをして、寝だこの手当をしていました。
訪問看護が始まってすぐの頃、熱が38.0台出ました。歳を重ねた体は、体温調節が難しくなります。
寝具の掛物を少なくして、体を冷やすことを家族と一緒に行いました。幸いなことに薬を使うこと無く、自分の力で翌朝に熱は下がりました。
数日後、家族から「飲み込みが悪くて、いつもより痰が多いから来たときに見てほしい」と電話をもらいました。
のどの周りの力が落ちて痰が増えてきたようです。
息子さんの奥さんは、吸引機の使い方も覚えて、在宅用の吸引器を使うようになりました。肺の音は悪くないものの、口から痰があふれて、吸引機で透明~白色の唾液のような痰がたくさん取れました。
寝ている状態が長いと お腹の調子が整いにくくなります。便はお腹のマッサージや下剤を使って整いました。
寝だこは改善と悪化を繰り返しました。食事が少なく、体の動きも少ないということは皮膚の代謝も悪いから、なかなか良くなりません。寝だこを洗って皮膚科で出された軟膏の処置を続けました。
背中が曲がっているので、背骨が尖っているところの赤みは、ワセリンを塗って悪化予防をしました。
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息子さんの奥さんは、実際に体を触って手を出す介護をして、息子さんは、日に何度も部屋を覗いて様子を見ていました。
Fさんの背中は曲がっていて、右向きか左向きの真横になって寝ています。
右を向けば襖を開けた家族と目が合うし、左を向けば長く使っている鏡台やテレビが目に入ります。古い鏡台にはFさん愛用の化粧品が並んでいました。昭和の時代からある懐かしい物で、私の祖母が使っていた物もありました。
Fさんから見えるのは、慣れ親しんだ風景。
認知症があるので、声をかけても会話は成り立ちませんでしたが、表情は穏やかで、わかってくれているような反応があることもあります。
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少しずつ起こる変化の一つに、車椅子に乗っている時に、ウトウト寝ていることが増えました。
ケアマネから「栄養補助食品の紹介と看取りの説明のため訪問して欲しい」と朝一番に電話がありました。
私たち看護師は定期訪問の予定時間を早めて伺いました。
こんなことができるケアマネさんは珍しく、私の知る限りごく少数です。このケアマネはFさん家族と長い付き合いで、一貫して在宅看取りを希望していることを上手にサポートしていました。
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その時点でFさんは前日の夕食を口に入れたまま、ごっくんと飲み込むことができませんでした。朝は牛乳をスプーンで口に運んで飲み込みました。
入院を希望するなら今決めないと間に合いません。
病状の説明を受けて、最後の確認になりましたが「このまま家で看たい」と息子さんの意向は変わりません。
これから予測できる起こり得る症状や家族ができること、医師ができること、看護師ができること、家でできる対応方法について説明して、緊急時の連絡方法を確認しました。
昼過ぎに「様子が違うから来て欲しい」と連絡があり私たち看護師は再度訪問しました。
Fさんは、穏やかに静かに呼吸を止めました。
その時間は、かかりつけ医が午後の診療前の時間でした。
在宅医は一人で診療を行っている場合が多く、亡くなった時間によっては、すぐに往診に行くことができない時があります。
医師も心苦しいのだと想像しますが、Fさんはそれを想ってなのか、お世話になった医師がすぐに往診できる時間を選びました。
90歳過ぎた方の最期はじわーっと心が温かくなります。長く生きた方の想いが伝わってくるのです。
遺される家族は寂しさと共に、その方が最後まで生ききったことに安堵するのだと思います。
私たち看護師は、家族に笑顔が出ると、最後までお手伝いできた ご褒美に思います。
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