漫画等におけるキャラクターの立て方についての覚書

漫画とかのキャラクターづくりの話。

小説だととにかく描写、描写、描写だと思うけど、漫画とかの視覚情報が入るとついついそちらのウェイトが大きくなりがちで、でも本当に生き生きとしたキャラクターを作るのは細かい描写がやっぱり大事になってくるんじゃないかっていう、そういう話をします。

特に漫画においてですけど、僕はこの点について、流れの中で特に入れなくてもいいコマをあえて入れられるか、ってのがポイントの一つであるんじゃないかなって思ってます。

アニメで言えば、ラピュタのラストでパズー達が飛び去る時に一瞬花供えてるロボットが映るみたいな、別になくても大筋が成立する中であえて入れられたワンカット。小説だとそういうの多いだろうけど。

 例を二つ挙げてみます。まずは『ダイの大冒険』のポップのキャラ付けについて。

 魔王軍の軍団長にフレイザードっていうのがいて、まあ今となってはヒロアカの轟君の下位互換なんですけど、中間管理職のハドラーが魔法で生み出した炎の岩と氷の結晶が体の半分ずつくっついたモンスターです。

 こいつは軍団長だけど生み出されて間もないので、他の軍団長と違って、箔というか存在の後ろ盾がありません。軍団長として生み出されてそこに居る、言ってしまうとただそれだけにすぎない存在。しかも想像主であるハドラーの出世や地位に固執するメンタリティの影響を色濃く受けてしまっている。

 そこでダイたちと対峙したフレイザードは、とにかく勇者一行を全滅させて戦績を上げようと躍起になり、エネルギーを三分の一程度消耗する必殺技を連発します。炎と氷のエネルギーを固めて作られたモンスターにとって、エネルギーの枯渇は死を意味するのですが、そんなことお構いなしに使う。ノリノリで使う。使っていく。そしてその文字通り身を削って攻め続けた戦いの果てに、同僚のミストバーンに切り捨てられるような形で消滅していきます。

 ミストバーンが撤退すると、レオナ姫を助けるべくダイ達はすぐに塔の中へ向かっていきますが、ポップとヒュンケルだけはその場に残って、別になくてもいいやり取りをするんですがここがポイント。

 その場には、フレイザードが自身唯一の栄光の証として肌身離さず身につけていた、大魔王バーンから授かったメダルが物悲しげに転がっていました。ポップはヒュンケルに向かって、終わってみれば可哀想な奴だったといって墓でも作らないかと持ち掛けるんですね。

 ヒュンケルは顔でメダルを指し示すと、それが奴の墓標だと言ってダイ達の後を追うのですが、ポップだけはもう暫くばつが悪そうな表情でそのメダルを見つめてるんです。そういうコマがある。

 ここから、ポップがすごくいい奴だってのがわかるわけですよ。このやり取りによって、なんやかんやポップとヒュンケルの間にいい関係性が芽生えてきていることもわかるし、なによりリアリティのある、単に物語上の役割をこなすだけではない生きた存在としてのキャラクターになるわけです。

 次の例は『ジョジョ』の3部におけるムードメーカー、ポルナレフについて。

 個人的にはポルナレフがJ・ガイルと対峙した際の高らかに復讐を宣言するセリフに痺れて巻数ありまくりのジョジョを集めだしたので、思い入れの深いキャラクターであります。

 ここで取り上げるのはJ・ガイル戦や一時期インターネットで非常に広く使われていた「ありのまま今起こったことを話すぜ」のシーンではなく、鉱物に擬態する能力を持ったハイプリエステスのスタンドと対峙する回です。

 遠隔操作型のスタンドは本体に近づくほどパワーが増していきますが、ハイプリエステスは本体に近づくほど巨大になっていくスタンドで、最終的に海底に擬態して不意打ちを仕掛け、なんとその大きな口で承太郎を飲み込んでしまいます。

 あやうし! 承太郎絶体絶命のピンチ!!

 ……かに思われましたが、いかに本体に接近しようと遠隔操作型のスタンドでは近距離パワー型のスタンドとの力比べに勝てるわけがなかった。ハイプリエステスは、スタープラチナのオラオラのラッシュにて歯をボロボロに砕かれて敗北します。

 そしてこの後がポイント。襲ってきた敵スタンドを倒したのだからめでたしめでたしでいいところ、本体のスタンド使いが若い女性だということで、ポルナレフはわざわざ美人かどうかを確認しに行きます。結局、歯をボロボロに砕かれたダメージが跳ね返った本体のミドラーは、元々美人だったのかどうかも判別できない顔になっていて、その顔を見たポルナレフは思わず絶叫してしまう。それがその話のオチになるという回でした。

 ただ敵スタンドを撃退しただけで終わらせず、ここであえて寄り道してスケベさを出しておくことで、砕けたキャラクター性や親しみやすさがわき、ポルナレフという人物像がよりリアリティをもって感じられるようになるわけです。

どちらの例も、そのままファンファーレに向かっても良いはずの所で一呼吸おいて、キャラクターの内面が垣間見えるエピソードを挟んでいます。話の本筋でやるのも勿論効果はあるのですが、そういう役割から抜けたところでこういった描写を入れることで、より一層キャラクターに厚みが出来ていくんじゃないかと思います。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。