ガンダム完全講義15:第7話「コアファイター脱出せよ」解説Part2
岡田斗司夫です。
今日は、ニコ生「岡田斗司夫マンガ・アニメ夜話」2019/07/09配信分のテキスト全文をお届けします。
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『Z』の科学設定はファーストよりちゃんとしている、けど……
こんばんは、岡田斗司夫のガンダム講座です。
今日は7月9日ですね、
*「こんばんは」(コメント)*
こんばんは。コメントが流れているのを見ております。
今日はガンダム講座の第15回ということで、「コアファイター脱出せよ」の後編になりますね。
30分のアニメを前後編で2回にわけて解説するというペースになっちゃってるんですけど、よろしくお願いします。
*「『Ζガンダム』見てるけど、何を楽しんだらいいのか」(コメント)*
今、そんなコメントが流れたんですけども。
『Ζガンダム』の楽しみ方は、やはり「アーガマはホワイトベースに比べて科学的な設定がちゃんとしてるな」ということ。
あとは、『ORIGIN』の時に散々文句を言ったのと逆なんですけど、「科学設定ちゃんとやってればいいってもんじゃねえよな」という(笑)。
まあ、いろんな矛盾を楽しむのもいいのではないかと思います。
ただ、『ゼータ』は『ゼータ』で、ファンもすごく多くて。「ガンダムの中では一番『ゼータ』が好き!」って言う人も多いんですよ。
それはそれで、『ゼータ』の心になればわかるんですけど。やっぱりね、『ゼータ』の心を持つ人間と、持たない人間というのが、世の中にいるんですよ。
まあ、『ダブルゼータ』の心を持つ人間というのは、あまりいないんですけど(笑)。
もう『ダブルゼータ』になってくると……「ガンダムは全部好き!」という人は、「ダブルゼータ“も”アリ」になってくるんですけどね。
まあまあ、いろいろ大人の事情があると。ガンダムの話というのは。
今日は、前説で「このガンダム講座が出版された」という話をしようと思います。
今やっているガンダム講座、これがAmazonでKindle用の電子書籍になりました。
(パネルを見せる)
【画像】Kindle版紹介
『ガンダム完全講座』というタイトルで、第1回から先々週のやつまで……早いですよね。ここまで全部Kindle本になっています。
・ガンダム完全講義1:虫プロの倒産とサンライズの誕生 岡田斗司夫マンガ・アニメ夜話
・ガンダム完全講義2:ついに富野由悠季登場! 岡田斗司夫マンガ・アニメ夜話
・ガンダム完全講義3:『マジンガーZ』、『ゲッターロボ』から始まる映像革命 岡田斗司夫マンガ・アニメ夜話
・ガンダム完全講義4:第1話「ガンダム大地に立つ!!」解説 岡田斗司夫マンガ・アニメ夜話
続巻も順次配信予定です。どれも、ニコ生やYouTubeで語った内容を、出来るだけその当時使ったフリップとかも掲載しながら再現しています。
今のところ、2週間遅れでKindleで出す予定なんですけど、Kindle Unlimitedに入っている人は無料で見れます。
単品で買っていただく場合は、1冊250円ということになっています。
正直言って、「岡田斗司夫ゼミ・プレミアム」の会員になっていただければ、『ガンダム講座』もニコ生ゼミも、全て文字起こしが読めるので、それが一番お得かなと思うんですけど。
やっぱり、世の中には「ドワンゴには何が何でも金を払いたくない!」という方も、もちろんいらっしゃいますので……はい、気持ちはよくわかります(笑)。
なので、そういう場合はAmazonで単品で買っていただくのが、いいんじゃないかと思います。
*「紙で欲しい」(コメント)*
紙の本で欲しいのか。でも、紙はね、あの、やっぱり、やってもしょうがないと思うんですよね。
紙の出版というのは、僕はもう、ここから先はないなあと思ってて。実は、出版社から話が来ても、「電子本を岡田斗司夫の方が完全にハンドリングできる契約でない限り、お断りです」と言ってるんですね。
というのも、出版社ごとに言ってくる、例えば「電子本の権利を全てを永久に渡せ」という契約形態に耐えられなくて。無茶苦茶ですよ。出版社から、もう本は出したくないんです。
なので、ここから先は、基本的に、よっぽど事情がない限り、紙の本というのは僕は出さないと思います。Kindleの方でお楽しみください。
あとは、コメントの方で、「サンライズ公認なのかな?」というのがありましたけど。
誤解している人が割りと多いんですけど、こういう評論本の場合、例えば本編内の画像を使おうとも、著作権的には全部OKということになっています。いちいち版権元に問い合わせる必要も、本来ありません。
ただし、いくつかのルールがあります。版権引用の時のルールというのが文科省で決まってます。それさえ守ればOKということになっています。
時々ね、そういうことを言う人がいるんですよ。ジブリのやつをやったら「ジブリに許可はとってるのか?」とか。
そんなものの許可を取る国があるはずがないですよ。それって、たぶん、旧ソ連とか、今だったら北朝鮮と中国とかですか? そういう国は、たぶん、評論をする場合にも許可を取らなきゃいけないかもしれませんけど。
それ以外の国では、こういった研究とか評論に関しては、引用のルールを守る限りは無制限に許可されていますので、そこら辺を押さえておいてください。
では、本編の解説に行きましょう。
気になったり、「ああ、ここら辺、よくわかんなかったな」というところがあれば、文字起こしされた電子本を見ればいいということだけ覚えておいていただければいいと思います。
では、今回の見所です。
前半、アムロがコアファイターで出発する前に、カイ・シデンとですねちょっと感情的なやりとりをやります。ここでカイ・シデンと喧嘩まがいの感じになるのが、後半の伏線にもなってるんですね。
きっかけは、カイがアムロにちょっと喧嘩を売るような発言をしたことなんですけど。でも、これは、その前にアムロに無視されたからなんですよね。
ハヤトが「フラウ・ボウのことが心配じゃないのか?」とアムロに言った時、アムロは、「ブライトさんも、ミライさんも、セイラさんも、リュウさんもいるんだ」って言うんですね。
同じブリッジの中にカイ・シデンがいるにも関わらず、「ブライトさんも、ミライさんも、セイラさんも。リュウさんも~」と、その場にいる他の全員の名前は挙げるのに、彼の名前は出さない。
アニメのセリフというのは、もう本当に秒との戦いですから、余計なことを入れるはずがないんですね。単に時間の関係でカイの名前を省いただけなら、「ブライトさん達がいるから大丈夫だよ」とだけ言えばいい。なのに、1人1人の名前をいちいち言うのは何かというと、「カイのことはもちろん視線に入っているけど、あえて無視した」というわけですね。
これに、カイ・シデンはカチンと来たんです。
こういう時、演出で、例えば「アムロがそれを喋っている時、カイの方にカメラを切り替えて、カイがムッと口の端を下げる顔をする」ということもできるんですけど。それをしないのは、やっぱり演出の意地なんですね。
それをやっちゃうと、わざわざこの長いセリフを使ってやっていることの意味がなくなっちゃう。
つまり、「これくらいは読み取っていただきたい」という富野の心が、このシーンに出て来るわけですね。これは「ここまでセリフでほのめかしてるんだから、視聴者にもわかるだろう」というメッセージなんです。
では、そんな『機動戦士ガンダム』完全講座の第15回、「コアファイター脱出せよ」の解説の後編です。
それでは、よろしくお願いします。
現実主義者カイ・シデンという「もう一人の主人公」
(本編開始)
『機動戦士ガンダム』の第7話「コアファイター脱出せよ」。やはり、思った通り前後編になってしまいました(笑)。
前回は、もう本当に、本編に行くまでに10分くらい使っちゃったんですけども。
前半の最後で、難民達が騒ぎ出した。
アムロは、コアファイターを弾道軌道で飛ばすことを提案し、その準備が始まる。
ガルマとシャアは、ガンダムを分析して「すごい性能だ!」と言って驚く、というところまで行きました。
この続きからです。
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騒ぎ始めた難民達は何をしたのかというと、フラウ・ボウ達を捕虜にしちゃったわけですね。
フラウ・ボウと、カツ、レツ、キッカの幼稚園児達を監禁して、「お前達はわしらの交渉のために残ってもらう」ということで、捕虜にしてしまう。
それを聞きつけたセイラさんとかリュウさんやハヤトがダーッと走ってきて、ブリッジにいたメンバーに「大変です! フラウ・ボウたちが捕まりました!」って言うんですよ。
ところが……ところがですよ! アムロ君は、みんなが「大変です!」って慌てて入ってきて、ブライトさんなんて「なにっ!?」って言ってるというのに、アムロはですね、延々とホワイトベースに乗っていた軍人のお兄さんと、楽しそうに、マジで楽しそうに打ち合わせをしてるんですね。
笑顔で「はいっ!」とか言って。
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> 連邦兵:コアファイターには何時間くらい乗ったのかね?
> アムロ:あ、シミュレーションで18時間、訓練で35時間、実戦で2時間です。
> 連邦兵:今どきそんなもんで実戦か。まあ、仕方ない。度胸決めてやるんだな。
> アムロ:はいっ!
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こんなふうに、楽しそうに答えるんです。
これにはハヤトも流石に食ってかかります。
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> ハヤト:心配じゃないのか!?
> アムロ:何が?
> ハヤト:君の一番仲良しのフラウ・ボウが人質に取られてるんだぞ。少しは気になっても……
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【画像】アムロに食ってかかるハヤト ©創通・サンライズ
この「君の一番仲良しのフラウ・ボウ」という言い方辺りから、ハヤト君の「俺の方が、彼女のことを思っているのに!」という、ラストに流れる感情曲線が現れて、いいんですけど(笑)。
すると、ムキになったハヤトにアムロがこう言い返すんです。
(パネルを見せる)
【画像】言い返すアムロ ©創通・サンライズ
このシーンですね。はい。
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> アムロ:ハヤト、ブライトさんも、ミライさんも、セイラさんも、リュウさんもいるんだ。ホワイトベースのことは任せられると思ってるよ。僕は自分のできることをやるだけだ。
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はい、「カイさん」の名前は出てきません(笑)。
この時、ブリッジにいるのに無視されているのは、リードさんとカイさんだけなんですけど。
これ、わざとなんですよ。
そもそも、ここでこんなに長いセリフなんて、言わせる必要がないんですよ。いわゆる25分しか尺がないTVアニメの中で、こんなに長いセリフを言わせるというのは、それなりに理由があるからなんですね。
「ハヤト、ブライトさんやみんなに任せてるんだ」って言うだけでいいはずなのに、「ブライトさんも、ミライさんも、セイラさんも、リュウさんも~」と、その場にいるみんなの名前をいちいち言った上で、わざわざカイの名前を出さない。
これが、全体の伏線になっているわけですね。
こういう伏線は、セリフをちゃんと書き起こさないと、やっぱり見逃してしまいがちなんですけど。セリフを1つ1つ丁寧に拾って行くと、なかなかいい感じにわかります。
「僕は自分の出来ることをやるだけだ」と言うアムロ。これは正論なんですけど、不自然なんですよ。
この場合、ハヤトが正しい。「一番仲良しのフラウ・ボウが捕まったのに、お前は心配しないのか? もっと心配してもいいんじゃないのか?」というのが正しいんです。
にも関わらず、アムロはその間、自分と共にプロジェクトをやってくれている兵隊さんと、笑いながら話しちゃってるんですね。
これ、なぜかというと「アムロはこの計画を自分で思いついたから」なんです。オムルさんと相談しながら自分で思いついちゃった計画に夢中なんですよ。
アムロというのは、プライドとか自意識が人一倍高いのに、前回も言った通り、サイド7にいた頃は弱者、つまり、自分の居場所を見つけられなかった子供なんですね。
それが、ガンダムという兵器を操ることが出来るとわかって、いきなりみんなから「アムロ、アムロ」って言われるようになり、居場所が出来たんです。生まれて初めて「周囲に認められて、頼られる」という体験をしている。
おまけに、アムロというのも、みんなと同じように不安なんですよ。それはもう、避難民も、リードさんも、ブライトさんも、全員不安なんですけど。彼らと同じかそれ以上に、アムロは不安なんです。だって、アムロは自分自身が命を賭けて戦っているわけだから。
そんな中で、自分自身で状況を打開するアイディアを思いついちゃったんですね。
これ、面白いもんで。例えば、会社とかが経営不振になってきた時に、誰かが「こうやれば儲かる!」ということを言い出したら、それは失敗すると薄々わかっていても、なんかみんなそっちにつられることがあるんですね。
人間というのは、追い詰められると「こうすればいいんだ!」と思いついたプラン、特に自分で思いついたプランにすごく執着する。執着することによって、生きる気力というのを出そうとする時があるんですけど。
この時のアムロっていうのは、典型的なそれだと思うんですね。自分で思いついた打開案があるから、怖くなくなってるだけなんですよ。
だから、アムロは笑っているわけですね。いわば「自分がやれることに逃避している」んです。
しかし、ハヤトにしてみれば、今、この場から逃避して、ホワイトベースの中で現に起きている避難民とクルーとの対立みたいな現実から目を背けようとしているアムロが、どうにも気に入らないわけです。
そして、リード中尉とカイさんだけを無視したアムロに対して、これを根に持ったのかどうかは知らないんですけど、カイの減らず口が炸裂します。
「僕は自分のできることをするだけだ」と言って出ていこうとするアムロに、カイが「よう、ホワイトベースから出たら、やつらの攻撃を覚悟しといた方がいいぜ」と呼びかけます。
(パネルを見せる)
【画像】カイ ©創通・サンライズ
すると、アムロは急に怒り出すんです。
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> カイ:よう、ホワイトベースから出たら、やつらの攻撃を覚悟しといた方がいいぜ。
> アムロ:あなたは、一体なんなんですか!?
> カイ:ムキになることはないだろ? 忠告しただけだぜ。
> セイラ:カイさん……!
> カイ:そう。俺は軟弱者だ。腹を立てるほどの人間じゃあないのさ。
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カイがそう言うと、アムロはものすごくムキになって、一生懸命怒りを抑えながら、こう言います。
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> アムロ:……そうですか、カイさんは大人なんですね。だったら、人を不愉快にさせないでください!
> カイ:アハハハハッ!
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この辺りのやりとり、実は、カイが言っていることが正しかったんですよ。
「ホワイトベースから出たらやつらの攻撃を覚悟しといた方がいいぜ」って、本当に覚悟しといた方が良かったんです。だけど、アムロは覚悟してなかったんですね。
当たり前だけど、ホワイトベースから、弾道軌道でコアファイターを発射したら、ジオンは追撃するに決まってるんですよ。結局、このプロジェクトは全部失敗しちゃうわけですね。
つまり、アムロが言っている「こうすれば助かるんじゃないの?」っていうのは、最初から無理筋というか、不可能な案だったんです。
やっぱり、カイというのは現実主義者なんですよ。
だから、「でも、戦闘できない人間が100人いるんだぜ。彼らの食料どうするんだ?」とか、「いやいや、コアファイターには戦闘能力がないし、弾道軌道に乗る前にジオンに攻撃を受けるに決まってるじゃないの」と、当たり前のようにツッコんでるんですよ。
でも、この時点でのアムロは、自分に都合のいい現実しか見たくない状態になっている。なので、急に怒り出して、キレるんです。つまり、ここではカイのいうことが全面的に正しい。
ところが、TVアニメを見ている僕らというのは、やっぱり、どうやっても主人公に共感する立場になっているんです。
なので、「カイはひたすら憎まれ口を叩いているだけ。まあ、そんなカイも、『大西洋、血に染めて』の辺りから良い奴になって行くんだけど。でも、この辺りのカイは、まだまだ嫌われ者キャラなんだな」程度に解釈してしまうんです。
カイというのは、ただただ現実的なだけなんですよ。なので、ホワイトベースのクルーが理想論を語ったり、アムロみたいに「それ、行けそうだ!」とか言って無理な計画を立てることに関して、いちいち全部にツッコミを入れてるんですね。
でも、僕らはそこら辺はあまり見てあげていない。
結局、コアファイターはシャアに攻撃され、この計画は失敗します。
ここでのアムロは、冷静に振る舞ってはいるんですけど、これは、自分に都合の悪いことを一生懸命、見ないようにしているだけなんですよ。
前回も言ったんですけど、この『機動戦士ガンダム』という物語の中で、ハッキリと人格を持って成長したと言えるのは、僕は、アムロとシャアとカイの3人だけだと思っているんです。
もちろん、他にも良いキャラになった人はいるんですよ。二面性を持っていたり、良いキャラになった人はいます。
例えば、フラウ・ボウもそうですし、ブライトさんなんかも本当にそうですよね。あとは、後に出てくるスレッガーさん。あと、ドズル・ザビにしても、ガルマにしても、最後の方でいい生き様見せてくれた。他にも、マ・クベも、実は案外、良いキャラだし、ランバ・ラルもすごく人気ありますよね。
でも、これらのキャラクターというのは、「成長している」とは言えないんです。「奥に持っている良い部分を見せただけ」であって、実は成長してないんです。
成長したと明確に言えるのは、親友のはずのガルマを裏切って殺してしまったことによって、自分の中で引っかかりが生まれてしまい、ザビ家の打倒というところから一生懸命脱出しようとしたんだけど、しかし、ララァを殺してしまったアムロ君と和解できないまま、最終回にまで感情のゴチャゴチャを持ち込んでしまうシャア。
これは、確実にキャラクターとして成長しているというか、内面に葛藤があるんですよ。
アムロというのも、一番最初の居場所がない弱者だった立場から、段々と居場所が生まれてきた。ところが、自分を認めてくれていると思っていた人たちも、単に自分の能力だけを見ていること知ってしまう。それで、拗ねてホワイトベースから家出をしてしまう。
そこから帰ってきた後でも、自分がどんどん変化していく。生き別れになってしまったお父さんとの悲しい出会いとか、いろんなものがある。
そんな中で、人間的な成長……というか喪失と言った方がいいですね。「失うものが多いあまりに成長せざるをえない」ということをアムロ君は経験します。
同じように、カイ・シデンも、この時は正論を振りかざしてツッコむだけの人間で。周りからは誤解されやすいんですけど、実はかなりクレバー。実は、僕らオタクを代表するような存在だと、僕は思っているんですね。
『機動戦士ガンダム』の中で、最もオタクを体現しているキャラクターというのは誰かというと、シャアでもないし、アムロでもなくて、実はカイだと思うんですよ。
じゃあ、そのカイが、どのようにして居場所を見つけたかと言うと。アムロみたいに「自分の能力で背負っていく」んじゃないんですよ。
カイもまた、やっぱり大事な人を失って、自分自身もホワイトベースのクルーを見放そうとした時に、見放せないことがわかって、という、すごい回り道をしながら、少しずつ自分の位置を掴むということをやってるんですね。
だから、この3人のみは、すごく成長しているキャラクターであって、実は『ガンダム』の中の主役キャラだというふうに思っているんです。
だけど、まあまあ、この時のカイ・シデンの生き方というのは、ディズニーの『ピノキオ』に出て来るジミニー・クリケットというコオロギと同じなんですね。
ディズニーの『ピノキオ』というのは、女神様がピノキオという木の人形に命を与えるんですね。でも、命を与えられたものの、善悪がわからないから、良心の象徴として、善悪を教えてくれるコオロギを友達に付けるんです。それが、ジミニー・クリケット。
でも、そのコオロギは非力なんですね。なので、ピノキオに対して、いつもいつも耳元で口うるさく言うことしかできない。
だから、ピノキオは、いつもジミニー・クリケットの言うことを無視して、やりたいように振る舞って、エラいことになってしまうんですよ。
このジミニー・クリケットというのは、『人造人間キカイダー』という石ノ森章太郎の漫画の中にも出てきます。
(単行本を見せる)
【画像】キカイダー表紙
この主人公のキカイダー、右半分が青で、左半分が透明になってますよね? これを作品の中では「未完成で醜い」と言っているんです。
「完全にロボットとして変身できたら、全部が青い側で統一されるはずだ。でも、完全に変身しきれなくて、半分機械が見えてしまっている、醜い身体だ」というふうに、作品の中で言われている。
では、なぜ、そんなに醜くなったのかというと、キカイダーには良心回路というのが組み込まれてしまっているからなんです。なので、完全な機械になりきれないんですね。善悪というのがわかってしまう、サーキット、チップを入れられてしまっているんです。
で、その良心回路にはジェミニという名前がつけられているんですよね。これは、ジミニー・クリケットのことです。
この『人造人間キカイダー』という作品も、全5巻のなかなかすごいマンガなので、そのうち、全話解説をやりたいんですけども。
『ピノキオ』というお話に代表されるような「人間の心を持ってしまった人間でない存在」が、いかに生きていくのかという、さすらいの物語です。
その中で、不完全なジェミニという良心回路の他に、「ただ単に他人に服従したい。人の言うことを聞いていたい」という、もう1つの服従回路というのがあるんですけど、それはイエッサーという名前なんです(笑)。
ジェミニとイエッサーという2つの回路を取り付けられてしまったキカイダーというのが、最後の方に出てきて、大クライマックスに至るんですけども。
カイ・シデンというのは、この『機動戦士ガンダム』の中でのジェミニ、良心回路の役割なんですね。
まあ、どちらかというと、良心回路の良心っぽさというのは、もう一人の現実主義者であるミライさんの方に出ていて、邪悪なツッコミというか、人の心がないツッコミみたいなものを、カイ・シデンが引き受けている構造になっています。
さて、いよいよコアファイターの発進準備が整い、カウントダウンが始まります。
これ、本当に細かい演出なんですよね。
(パネルを見せる)
【画像】コアファイターカウントダウン ©創通・サンライズ
カウントの「10、9」で、銃を持って難民達に向き合うブライトさんが映し出される。
「8、7」のところで、それに対して、「銃を持ってきやがったか!」という視線を向ける難民たちと、その後ろで「あっ! ブライトさんが来てくれた!」と安心しているフラウ・ボウ達。
「6、5、4」で、ブライトさんたちは難民の方に行っちゃって、ミライさんしか残っていないブリッジの小さいモニターにアムロが映っている様子。
そして、「3、2、1、0!」で、操縦桿を握っている腕からカメラがパンアップしていって、アムロ・レイの顔にクローズアップする。
これ、この時点での状況説明であると同時に、カウントダウンしながらアムロ・レイの顔に寄って行くということで、お話全体が弾道飛行を敢行する主人公の元へとまとまって行く流れを、映像だけで作ってます。
同時進行でドラマがいくつも進んでるわけです。
そして、カウントが「0」になると、ホワイトベースからドーンとコアファイターが打ち出されます。
(パネルを見せる)
【画像】コアファイター ©創通・サンライズ
なかなか良い絵です。
ここまでずーっと、難民の部屋で顔を突き合わせたり、狭いコックピットの中、アムロの腕のアップからカメラが上がっていってアムロの目に至るという、圧迫感のある絵が続いた後で、「0」で、コアファイターがバーッと発射された瞬間に、このすごい抜けた絵になるんですね。
ここで描かれる空の絵も、上の方は半分宇宙で紺色になっていて、下の方は大気圏で雲がある。そこに、斜め上を向いたホワイトベースが浮かんでいて、そこから一直線に、まるで弾丸のように発射されるコアファイターが描かれます。
やっぱり、当時は、そんなに絵の技術も高くないし、今みたいにCGとかも全然使えない時代なんです。なので、本当に画面構成とかレイアウトだけで良い絵を見せようという、コンテが表れてますね。
『機動戦士ガンダム』もシリーズの後半に行くにしたがって、こういった1話から12話までの気がなかなか回らなくなってきて、同じ様な構図ばっかりになっちゃったりというのがよくあるんですけど。
この第1クールの辺りというのは、こういった、静かな絵で、カッコいい抜けのある、パーッと開けたようなシーンと、ギュッと圧縮のあるシーンとを、交互に見せるのがすごく上手いです。
(本編中断)
コアファイターと絵コンテについて補足
はい、お疲れ様でした。無料放送は今日はここまでです。
いきなり始まった『キカイダー』の話が延々と長くて、すみませんでした。
もう、あの、こんなふうに全方位から語りたいんですよね。『機動戦士ガンダム』というのを、いろんな方向から語っていきたいというのがガンダム講座なので。
これからも脱線はあると思うけど、よろしくお願いします。
最後の、ホワイトベースからミサイルみたいに発射されるコアファイターのシーン、もう本当にカッコよかったですよね。
あれ、実は、ホワイトベースも、「衛星軌道には乗れない」とオペレーターは言ってるんですけど。衛星軌道には乗れないだけで、マッハ3とか、ひょっとしたらマッハ5くらいまでは、スピードが出るわけですよ。だって、現に成層圏の辺りまでは上がっていけるわけですから。
「それくらいの速度は出せるけど、衛星軌道、つまり、秒速8キロは出せない」というわけですね。
なので、ホワイトベース自体も、秒速1キロか2キロ近くの速度で、上昇している。そんな中で、さらにコアファイターをドーンと発射するという、かなりカッコいいシーンとして、脳内補完して考えていただけたらと思います。
なんで、一枚の絵に対してこれだけの話をするのかと言うと、あのカッコいいレイアウトが決まった絵が出てきた「コアファイター脱出せよ」の放送は、1979年の5月なんです。
1979年の5月というのはどういうことかというと、実は、高畑勲監督の『赤毛のアン』の放送中なんです。これに富野さんは、絵コンテとして参加してるんですよ。
5月というのは、『赤毛のアン』のコンテをやってる時期なんですよね。だから「『機動戦士ガンダム』をやりながら『赤毛のアン』も手伝っている」というふうに、両方の仕事をやってたんです。
当時の富野さんというのは、それくらい、アニメ監督としては、ぽっと出のペーペー……ということはないんですけど、それなりに自分シリーズもやってたんですけど。まだまだ高畑さんのアニメを手伝いながら、弟子として、色々と吸収しようとしていた時代なんです。
『赤毛のアン』というのは、この5月の直前くらいに、ちょうど宮崎駿が降りちゃってるんですよね。
宮崎駿は『赤毛のアン』の1話から15話までを担当して、その後ですね、『カリオストロの城』の制作に移ったために降りたんです。その結果、『赤毛のアン』の作画クオリティ……ということはないんですけど、レイアウトがやっぱりガタッと落ちちゃったんですね。
富野由悠季は、それを見てたんですよ。やっぱり、『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』の何がすごいかって、宮崎駿の画面レイアウト。つまり、宮崎駿の構図がものすごいというのがわかっているわけですね。
そんなふうに「構図というのが、アニメにおいてどんなに大事か?」ということを散々学んだ後で『機動戦士ガンダム』に入ってるんですよ。
『機動戦士ガンダム』って、当時のサンライズの作画スタジオですから、そんなにものすごい背景が描けるわけでもなければ、安彦良和が天才と言っても、やっぱり全カット安彦さんが描けるわけでもないんですよ。
だけど、ポイントでポイントでは、すごい絵というのを見せたい。そして、そのためには、まず、構図で見せることを考えると、富野由悠季は学んだわけですね。
なので、今回のようなシーンになったんだと思います。
では、ここから後半の有料放送に入ります。準備は大丈夫ですか?
コアファイターの発射を知ったシャアの素早い反応とはどんなものだったのか?
ガンダム講座、後半を開始します。それでは、どうぞ!
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