見出し画像

嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:3.

3.

はたと気が付けば、なぜか埃っぽい床に転がっていた。慌てて立ち上がろうとしたけれど、どうも視界がぐらぐらして落ち着かない。転がっていた懐中電灯を拾い上げて、ふらふらしながら部屋の外に出た。倒れた、感じはなかったのにな。でもあちこち痛む体は床にひっくり返った事実を主張していたし、実際、意識は飛んだんだし。貧血かな。ともかく広い部屋だ、広い部屋。さっさと探して座って休んだほうがいい。

しばらくあちこちを覗いて奥へ進んでいくと、一つだけ、他の部屋の倍ほどある部屋があった。一番奥にとかいう御誂え向きな位置にちょっと笑いが漏れたけど、一番奥に広い部屋がある配置は別に珍しくもないか。どうせ私が一番乗りだろう、と懐中電灯で周りを照らしながら奥へ踏み入れる。椅子が転がっていたから、拾い上げて埃をはらった。うん、強度はありそう。座っちゃえ。

ふと違和感を覚えて、懐中電灯を撫でた。私が持ってきたやつってこんなにごつかったっけ。光っていたから持ってきちゃったけど、ここにあったやつだったかも。後で自分の探しに行かなきゃ。そんなことを取りとめもなく考えながらしばらく待っていれば、後ろでガタン、と音がした。

「あれ、誰か、」

来たの。続けようとした言葉は自分の鼓膜を降らした他人の声に驚いて止まる。え、待って、今、私が話した、よね?

「瑞希か?」

外から聞こえる声は、耳慣れた自分の声に似ているような。懐中電灯が照らした先で、自分の顔がこっちを向いた。

「っうぇ!?は、ちょ、ま、誰誰誰!?」
「うっわいきなり叫ぶな、はぁ!?俺の声たっか!?」
「え、誰マジで、」
「俺だよ、将人!」
「はぁ!?」

自分の恰好をした相手は昔なじみの名前を名乗り、私のほうを見て瑞希だよな?ともう一度訊ねた。

「いや、ゆりですけど。」
「は?」
「うん、声は完全に瑞希だよね、私。」

恐る恐る自分の体を懐中電灯で照らす。うん、これは瑞希が着てた服だな。

「え、俺今誰。」
「私。」
「マジ?」
「えこっわ、目の前に自分がいる。」

なぜかあべこべになった姿にお互いが困惑していると、派手な物音と共に懐中電灯の光が一つ増えた。

「今なんか叫び声が、Ohhhh Nooo!おらががいる!?」
「あんただけは安心して瑞希だって分かるね。」

現れた将人の恰好をした奴がこっちを見て叫んだ瞬間、ああ瑞希ね、と納得せざるを得ない。分かりやすすぎでしょ。

「将人の顔でそのしゃべり方ちょーウケるんだけど。」
「おぇ、自分の顔外から見るのってかなり気持ち悪いな。」
「何、総シャッフル?将人君、ほれ何とかして。」
「俺かよ。」

私達が呑気に軽口を叩いている間、瑞希はしばらく入り口でフリーズしたままだった。向けられた懐中電灯が眩しいんだが。まぁ目の前に、自分の姿形をした奴と、いつもと違う話し方をした旧友がいれば固まりたくなる気持ちは分かる。

「どういう状態や、これ。」
「どうもこうもないだろ。俺だって分かんねぇよ。」

私の恰好をした将人がため息混じりに答える。話し方の問題なのか、私がいつも話しているよりか数トーン低い声ではあるものの、違和感はすさまじい。

「んな、使い古されたネタみたいなことあるんかいな。」

将人の恰好をした瑞希が、ようやく私達のほうに近づいてくる。こちらもいつもの将人より数トーン声が高い。きゃんきゃん耳につく瑞希の声とは似ても似つかないけれど、話し方だけで十分やかましさは健在だ。興味津々で自分の、つまり今の私の顔を突いてくるので、思いきりその手をはらった。

「で、俺の中身が瑞希か?」
「せや。ゆりの中身が将人か!じゃあおらの中身が、」
「ゆりだよ。さてと、どうしよっか、これから。」

いかんせんいつの間にか入れ替わっていたから、どうすれば戻るのか皆目見当がつかない。腕を組んで唸れば、将人が小声で

「瑞希が真面目な顔してる……レアだ……」

と呟いた。勿論、直後に瑞希に思いきり足を踏まれていた。ホントこりねぇな、将人。まぁ傍から見た図としては、「将人が瑞希に足を踏まれている」ではなく「私が将人に足を踏まれている」なので、これも負けず劣らずレアな映像。うーん、なんかちょっとむかつくな。

「何かしら元に戻る方法はありそうだけどな。」

踏まれた足を慌てて引き抜いた将人が、入れ替わった方法はあるはずなんだし、と首を傾げる。っていっても、肝心の原因が分からないからなぁ。

手に持っていた大きめの懐中電灯、思えばこれは瑞希の物だ、を置いてあったテーブルに上を向けて置けば、天井に反射した光で一応部屋がぼんやりと明るくなる。二人も倣って懐中電灯をテーブルに並べた。

さて、部屋が明るくなったところで問題は何も解決してない。元に戻る方法、ねぇ。

「途中、倒れたみたいで記憶ないしな。」

半ば独り言のつもりで呟けば将人、違うわ、瑞希が手を叩く。

「あ、やっぱず皆、記憶途切れてる?おら、一回気絶してたみたいだけど。」
「おう。目が覚めたらこうだった、のかもな。というかそれくらいしかタイミングがなさそうだ。」
「全員気絶して……でもそん時場所バラバラだよね?上で別れた時は普通だったし。あーもうわけ分かんなーい!」

思わず叫べば、思いのほか大きな声が出る。さすが、瑞希の声帯。うるせぇ、と私の声で将人が文句を言った。お、今日のお前強気だな。

「せや、アレやらへん!?」

こっちもうるせぇ、と将人が耳を塞ぐ。将人の声帯でもそんな大声出るんだね。

「ったく、何だよ。」
「Attack heads and heads!」
「なんて?」

安定と信頼の瑞希語録に眉が寄る。頭と頭が、なんだって?

「頭がーんってぶつけてみようや!」
「あ、はい……はい?」

一瞬納得しかけていやいや、と首を振る。どこをどうすると頭をぶつけあうとかいう狂気の発想に至るんだ。

「ほら、入れ替わりとかだとよくあるやん。ぶつかったら戻るとかのあれ。」
「あー……やりたいなら試してみれば?将人と。」

自分の体を差し出すのもちょっと気が引けるけど、今ここで痛い思いをするよりはまし。生贄に差し出された将人が何で俺、と思いきり嫌な顔をした。しゃーねぇ、じゃんけんにするか。あきらめて拳を出せば、将人も腕を出す。

「「さーいしょはぐー、」」
「あっ!UFO!」

将人が私の後ろを指さしたのにつられて、思わず振り返る。あれ、これって。

「じゃんけんぽん!」

将人の声に慌てて私が出した手はグー。で、将人はパー。しまった、一生の不覚。

「テンプレすぎんだろ。」

得意げにふふん、と笑う将人をジト目で睨む。何も瑞希にやられた腹いせを、私で晴らすことはないのに。瑞希にやれよ。さっき引っかかんないって言ったばっかだったのにな、とぼやきながら頭を振った。

「さっき?……ああ、言ってたな。」

いやに他人事な将人のつぶやきに文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、やたら嬉し気な瑞希の声が

「よーし、ゆり行くでー!」

と叫ぶもんだからすべての気力が削がれた。なんでこうなるのかなぁ。

「ほな行くでー!おりゃぁ!」

走ってくる瑞希を、え?走ってくる?ちょ、待って待って、勢いおかしいでしょ、そんな思いっきり行くやつなの!?とりあえずええい、ままよ、と頭を差し出せば、すさまじい衝撃が頭から全身に伝わって思わず床に転がった。いってぇ、マジでいってぇ!

「うう、石頭め……」
「Stone headなのは将人の、この体の方やん!」
「あ、俺が悪いことになるんだ。」

頭上でぎゃいのぎゃいのと喧嘩する二人に、思わずふは、と笑ってしまえば止まらない。爆笑する私を二人が不思議そうに見ているのは分かっていたけれど、なかなか笑いが収まらなかった。埃まみれの床から体を起こして、なんとか息を整える。

「いやぁ、マジウケるわ。こうなるに決まってんでしょ。大体、ぶつかって入れ替わったわけじゃないのにぶつかって戻るはずないじゃない。」
「あぁほんまや!それ、もっと早い段階で言ってや!」

言ったって聞かないくせに、と立ち上がって埃をはらう。それにしても、どう考えたってイカれた非日常なのに、巻き込まれたメンツがこれだと緊張感に欠けて敵わないんだわ。いい加減にして欲しいよね。

「あ、いっそ寝ちゃえばいいんでねぇか?」

もはや頭を使うことを諦めたらしい瑞希の提案に、ああ、とこちらも頭を使わずに応戦する。

「目が覚めたら戻ってるかもってこと?」
「そうそう。」
「さすがに無茶じゃ、」
「ま、試すだけならいいんじゃね?」
「えええ?」

真面目に受け応えするだけ無駄なのに、不満げに声を上げる将人が面白い。律儀な奴だな。くすくす笑いながら彼、彼でいいのかこの場合、まぁともかく将人のほうを振り返る。

「なんてね、さすがにこの状況で寝られるほど神経図太い人いないって。」
「あいつ、寝たぞ。」
「えマジで?」

指さすほうを見れば、確かに瑞希が椅子に座ってすぺすぺ阿保面で寝ている。いや、早。

「いたねぇ、この状況で寝られる神経図太い人。」
「俺の顔なのが無性に腹立つなぁ。」
「ほら起きて!」

思いきり瑞希の肩を掴んで揺すれば、へぐぉあ、みたいな言語化不可能な叫びをあげて瑞希が飛び起きた。勢いに私も将人も後退りする。人間ってホントに跳ね起きるんだな。

「なんじゃ!?地震!?」
「雷、火事?」
「お菓子!」
「いや親父だろ。」

律儀に将人が言葉を続ければ、瑞希が勢いよく誤答を叫んだので思わず突っ込む。なんだお菓子って、怖かねぇだろ。

「え!」
「え?知らなかったのか?」
「お菓子は食べ過ぎると太るけんDangerousっちゅう意味と違うんか?」

馬鹿もここまでくるとあっぱれ。頼むよ高校生、と頭を抱えれば、瑞希はなぜか照れたようにえへへと笑った。褒めてねぇぞ。

気に入って頂けたらサポートおねがいします 美味しいものを食ってまた何か書いてお渡しします、永久機関ってわけです……違うか