ローカルだって同時配信!KBCが朝の情報番組を毎日ネットで生配信しはじめた
ローカル番組「アサデス。KBC」が毎日同時配信
KBC九州朝日放送は福岡県のローカル局で、MediaBorderでは和氣靖社長が打ち出した理念と、その具現化である「ふるさとWish」について何度か取材してきた。私自身が福岡出身であることもあり、その地域に根ざした活動には注目している。
そのKBCが今度は、同時配信に取り組み始めた。「アサデス。KBC」という朝6:00-8:00の看板番組で、ローカル局が月金で毎日情報番組を放送している時点で大変なことだと思うが、これを放送と同時にネットでライブ配信するのだ。「どこでもアサデス。」のサービス名で、4月18日からスタートした。キー局がようやくTVerでリアルタイム配信を始めたこのタイミングで、ローカル局が単独で毎日配信を始めるとは。これは話を聞きに行くしかない。
「ふるさとWish」で取材した大迫順平氏にコンタクトしたところ、やはり今回の同時配信も同氏の管轄だという。「アサデス。」のGPとして番組を育てた大迫氏は現在、全社横断タスクフォース責任役員の肩書きで、つまり部署の垣根を越えた新しい取り組みを担当している。コロナ禍で丸2年行けなかった福岡へ行き、4月26日にKBCを訪ねた。大迫氏から同時配信の担当者として紹介を受けたのが、「アサデス。」ゼネラルプロデューサーの野村友弘氏と、技術面を担当する総合編成部の水口剛氏だった。
「アサデス。KBC」について説明しておくと、福岡県民ならおそらくみんな知ってる人気番組で、何しろ福岡の地域情報を毎朝放送している。目玉はもちろんソフトバンクホークスの試合を翌日丁寧に解説するコーナー。また芸能情報もこってり扱う盛り沢山の内容だ。この番組がKBCの現在の躍進を支えてきた。
その「アサデス。」が同時配信を実施する意義について、野村氏はこんなチャートで説明してくれた。
視聴率同時間帯1位の「アサデス。KBC」だが、やはり若者層へのリーチは課題だった。また「アサデス。」はKBCにとっての大きなブランドであり、10時からの九州山口地区の系列局との連携番組「アサデス。7」やKBCラジオの「アサデス。ラジオ」、そしてイベント企画「アサデス。ライブ」などに展開してきた。「アサデス。」アプリを通しての「どこでもアサデス。」によりクロスメディア化をネットにも広げるのが目的だ。
野村氏はさらに「社員全体のDX意識改革も裏テーマでした。」と語る。「次のステージに行けば見えてくることを、関わる社員みんなと共有するのも目的の一つです。実際にやってみることで初めてわかることがこの一週間でもたくさんありました。看板番組である「アサデス。KBC」のクロスメディア化は、変わろうよというメッセージでもあります。」深夜などではなく、月金ベルトのKBCを支える番組だからこそ、同時配信の社内的波及効果があるのだろう。
「アサデス。」アプリは元々、愛媛県の南海放送アプリをベースにしている。同アプリはKBCだけでなく多くのローカル局に南海放送がエリアも系列も越えて提供しており、各局が独自にカスタマイズして活用している。同時配信を始めるにあたっても、水口氏が南海放送の担当者に相談しながら機能を加えていったという。アプリのダウンロード数は今回の同時配信でまた増えて、19万を超えて20万が見えてきたそうだ。
また同時配信にはCDNを強化して同時に多くのアクセスがあっても耐えられるようにする必要がある。水口氏は「サービスが落ちるとイメージが悪くなるのでかなり増強しました。突然の災害が起こるとアクセスが急増する可能性もあるので、当面はそのままで行くつもりです。」と説明してくれた。
ここまでが「基本情報」だが、おそらく多くの放送関係者が気になるのは著作権処理についてだろう。ネットでは配信できない部分についてのいわゆる「フタかぶせ」ではユニークな手法を取った。
ネット独自の映像による「フタかぶせ」が思わぬ面白さに
同時配信を実施する上で問題になる著作権について、一つ一つクリアにしていった。
出演者の事務所など許諾を得るべき相手に丁寧に説明していくのだが、想定していたよりスムーズに進んだという。TVerが始まるタイミングと重なり、同時配信について業界内で認知が進んでいたことが大きかった。
とは言え、「アサデス。KBC」の売りである芸能情報については、前日に担当チームが一つ一つ各素材の許諾を取っている。間に合わない素材については放送に乗せられないので、毎日4分程度はフタかぶせが必要となる。
面白いのが、一番人気のホークスのゲームを振り返るコーナーだ。ホームゲームの映像は配信できるが、ビジターゲームは現状、配信できない。そこで、まったく別の映像を配信している。
「生フタ」と呼んでいたが、放送では試合の映像が流れている裏で、同時配信ではこのような画面で得点表を見せながら解説するのだ。いかにも手弁当だが、そこが逆にいいかもしれない。頑張って少しでも何かを伝えようとする姿勢が出ている。
「生フタ」映像の撮影場所を見せてもらった。
階段を登った踊り場のような場所にグリーンの背景を置き、カメラをフィックスで据えている。横に技術スタッフが座り、簡易な設備で配信するのだ。ガラスの奥に放送の副調整室があり、進行を見ながら配信できる。試行錯誤の末、この形に落ち着いたそうだ。
ここからは、放送中の「生フタ」以外に、放送後にも毎日15分程度配信を続けている。反省会と称して、放送中に話せなかったことや、Twitterで来た質問への回答などを届けているのだ。放送のメインキャスター・宮本アナも時には参加し、わいわいと話している。野村氏としては往年の「笑っていいとも!」の「いいとも反省会」のような面白さが気に入っているという。分単位で構成がかっちり決まっている放送より自由に喋れるのが宮本アナも楽しいようだ。著作権対応の苦しさを逆に楽しさに変える発想で、見る側も楽しめる。新しい試みにはこうした逆転の発想が必要なのだと思った。
似たことはCM枠にも言える。まだ正式なCMは入れられず、自社PR映像が放送のCMの間に配信される。KBCの様々な活動について90秒のPR映像を作るよう各チームに頼んだものだ。PR映像を15秒の短い尺で入れて煩雑になるより、90秒かけて番組のようにじっくり見てもらう方がいいとの判断だ。その映像をYouTubeでも流せばネットでのPR活動にもなる。これも、逆転の発想で生まれた前向きな副産物と言えるだろう。
情報番組の同時配信にこそ可能性がある
この同時配信にスポンサーがつくのかどうか、そもそもどれくらい見られるのか、すべてはこれからだ。どんな結果が出るかも含めて、やってみなければわからないし、やってみたからこそわかることは次々に出てくるのだろう。そんなトライアルを毎日行うのは大変だが、きっと続けた先には何かが見えるのだと思う。
ただ私は、朝の情報番組の同時配信には大きな可能性を感じている。キー局が始めたゴールデン・プライムの同時配信に懸念を感じている。この時間はほとんどの人が家にいるので、スマホを使う必要がないからだ。22時以降ならまだ、若者たちが自室でスマホをいじる中で見てもらう可能性はあると思う。だが一番テレビが見られる時間にこそビジネスチャンスがある、というのはどこか考え方としてズレていないか。
また同時配信される番組はほとんどドラマとバラエティだ。家にいなければTVerの見逃し配信機能であとでじっくり見るのではないか。ドラマやバラエティを同時配信することに実はニーズは薄いと考える。
むしろ、情報番組にこそ同時配信のニーズはあるだろう。「アサデス。KBC」で言えば、毎朝7時30分に家を出ていた人はこれまでは残り30分は視聴できなかった。それがスマホで見られるのなら、続きを電車の中で見ることができる。
同じことは夕方の情報番組にも言えるだろう。ドラマやバラエティではなく、朝と夕方、通勤通学時に放送されている番組の方が実は、同時配信にふさわしいのではないだろうか。
そんな仮説を証明するためにも、「アサデス。KBC」のライブ配信には頑張ってもらいたいと思う。また一年後に、どうなったかを聞いてみたいと考えている。
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