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ウエディングドレス姿の女性が

ウエディングドレス姿の女性が、夜道にたたずんでいた。電柱の穴のような明かりに、ふんわりと頭を垂れて。おそるおそる、「失踪中ですか……?」と訊ねると、彼女は、「違います……」といささか驚きを含んだような、か細い声で答えた。そして、バツが悪そうに小さく肩をすくめると、あっという間に、かき消えた。

不思議と恐怖は感じなかった。だが、恐怖は後になって、急に降って湧いてくるものだ。だから、今あったことを全部ひっくるめて、笑っていいとも、と呼ぶことにした。自宅に帰ると、酒をあおって、布団に入った。どこからか、夏場の水桶のような匂いがした。知らないうちに、「笑っていいとも」と呟いており、ハッとして目が覚めた。

カーテン越しに、眩しいほどの夏の陽射しが、これでもかと漏れていた。その薄いカーテンが、いつもよりも異なって見えた瞬間。昨夜の、ウエディングドレス姿の女性が、ひらひらと軽やかに、こちらに向かって飛び出してきたのである。

「やはり失踪中ですか……?」と訊ねると、彼女は、はっきりと躊躇して、立ち止まり、「違います……」とかなりの驚きを含んだような、か細い声で答えた。そして、バツが悪そうに大きく肩をすくめると、ため息交じりに、かき消えた。朝の陽射しを浴びながら、消えていく彼女の姿を、「笑っていいとも」と共に送った。
(了)

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