何を正解とするのか


2022/03/03

味覚は今後一生元には戻らないと言われた。

当たり前にあった身体の機能を失った今、やりたいことはやりたいときにやった方がいいと思った。やると決めた。そして、やりたくないこととやらされることは、できる限り排除していくことに決めた。嫌な感情を抱く機会はできる限り少ない方がいい。ただでさえ今は感情が不安定なんだ。壊されてたまるか。人生は楽しい方がいいに決まってる。

親知らずの抜歯はこれから一生続ける仕事のためにした方がいいと思ってした。のに。しなければよかったことになった。のか?
してよかったのかしない方がよかったのかは、今判断できることではない気がする。


そして、わたしの人生の正解はわたしが決めることにした。
最後まで自分を守ってあげられるのは自分だけだ。他人は無責任だとか冷たいとかではなくて。自分の人生の責任は自分にしか取れないな、という意味で。

選択するのは自分だし、その選択が正しかったのかそうじゃなかったのかを決めるのも自分だ。
そしてそれはこれからの行動次第でどうにでも変えられる。わたしはこれからのわたしの人生を背負ってあげるしかないのだ。

先生は【医療人】という単語をよく使っていた。患者に寄り添うことは医療人の務めだ、と。
医療(いりょう、英語: health care)に従事する者を指す。医師、歯科医師、薬剤師においては医師法、歯科医師法、薬剤師法により常に品位を損してはならない。
品位(ひんい、dignity)とは、気高く尊敬を買う人徳と、品格に満ち満ちている様をいう。人品(じんぴん)、気品(きひん)、品格(ひんかく)。

かっこよ。かっこよすぎる。
つくづく医療従事者の方に頭が上がりません。わたしの仕事は、直接他人を生かしたり壊したりするものじゃあない。病院の先生たちは、そりゃあお金持ちであってくれなきゃだめだね。

先生は「今いちばんつらいのはあなただ」と言ってくれた。「いつでも何でも電話してほしい」と言ってくれた。また泣いた。ここ2週間ですぐ泣くようになったけど、それもまあ悪いことじゃないでしょう。 


どうやら患者であるわたしは正しく医療を受ける義務があるらしい。できることは全部やることにした。やらない後悔よりやって後悔をする人生を選択すると決めたんだ、わたしは。

さらなる治療を求めたら、別の大学病院を紹介された。
より大きい病院で抜歯の現場を知らない先生と話すわたしは、もう“元々左舌の味覚と感覚がない、神経を損傷した患者”だった。

また違う薬を出された。神経損傷から2週間。まだ他に飲むものがあったのか。希望なのか、この薬は。量を少しずつ増やすらしい。やだなぁ。
薬以外のこれからの治療は、週1の点滴と喉の横に打つ注射。根本を治すものじゃない。痺れを和らげるもので、自然治癒力を助けるもの。

周りのベッドで同じように処置を受ける患者さんたちは、身体に痺れや痛みのあるおじいちゃんおばあちゃんが大半だった。カーテンの向こうで10年通ってるって声が聞こえた。みんな痛みを受け入れながら生きている。そう思ったら、漠然と苦しくなって点滴中また少し泣いた。わたしも受け入れていくしかない。一体いつになるのか。今はまだ無理そうよ。


だってね、今のところ病院に行くのがすごくつらい。
自由を得た大人になってもなおこんな嫌なことがあるんかい。胸を張って言おう。わたしは注射も痛いのも、大嫌いだ。嫌なことはしたくない。嫌な気持ちにもなりたくない。もうとにかく全部つらいんだ。ただをこねさせろ。だだ!だだ!
注射以上に嫌なのは、病院に行くことでこの現実と向き合わないといけないこと。病院にいる間はずっとこの舌について考えなくちゃいけない。まぁ24時間絶え間なく痺れてはいるんですけれども。
この出来事は確実に、29年生きた中で最も嫌な出来事です。こんな嫌なことこれまでになかったよ。ほんと。どうなってんだよ。


この2週間で、わたしはいつの間にか自分がナレーターになっていたことを知った。
17歳で見つけた、やりたいこと。自分の声でお金を稼ぐこと。勉強の延長でしかなった20代前半の頃と比べると、いくらかお金をもらえるようになった。
普通の人ではない自覚をこんなに持ったのは初めてだ。今思えば、稼げていなかったこれまでは、喋り手であることの自信があまりなかったような気がする。わたしは喋ることでお金を稼いでいます喋れないと困ります生きていくために必要なんです、とこんなにも他人に強く伝えたは初めてだ。わたしの仕事は、わたしが喋ることなのだ。代わりは他にもいるのかもしれないけど、わたしが喋ることはわたしにしかできないことです。

そして、わたしの喋りは自分だけのものではないことも知った。わたしがわたしとして喋れないことは、周りの大人たちに迷惑をかけるということだ。どうやらわたしはもっともっと自分を大事にすべきらしい。わたしにとっての“喋ること”は普通であるわけがない。


17歳でアニメ声優になりたいと思った。
19歳でCMと番組のナレーションで生きるためのお金を稼ぐと決めた。10年経った。
まだまだやりたいことがたくさんある。わたしの喋りで、もっともっと人の役に立ちたい。誰かにとってのいいものを作るお手伝いがしたい。好きなことでお金を稼ぎたい。嫌なことはしたくない。


これはわたしの物語の壮大な前フリらしい。
ハッピーエンドへの前フリ。こんな最悪な出来事に巻き込まれたんだ。わたしはクソ金持ちにならないと釣り合わないと思います。
え、そう思わない?大金持ちになる未来しか見えなくない?




おおすかちゃんを!あなたの力で!生かしてたもれ!✌︎