『動く歩道』について
動く歩道
みんな知ってるだろうか。
空港とか、大きめの駅にある平らなエスカレーターみたいなやつ。
東京なら、東京駅の京葉線に向かう道中
大阪なら、阪急百貨店から阪急梅田駅に向かう道中ある
『動く歩道』
本来動かないはずの歩道が、動いているからそう呼ばれている。これは当たり前だ。
でも、世の中には一定数、この動く歩道のことを『歩く歩道』と呼ぶ人もいる。
『歩く歩道』
まるで、『頭痛が痛い』『馬に乗馬する』みたいな、日本語バグ。
でも、僕は『動く歩道』のことを『歩く歩道』と呼ぶ人も、あながち間違いではないと思っている。
そもそも、歩道は歩くためのものだ。
『歩かない歩道』はないはずである。
でも、『歩く歩道』という言葉の裏には『歩かない歩道』の存在を薄く感じられる。
わざわざ『歩く』歩道と言ってるわけだから、その人の意識の中には『歩かない』歩道があるはずだ。
では、『歩かない歩道』とは何か。
恐らく、『歩かない歩道』も『動く歩道』のことを指していると思う。
『動く歩道』は歩道だが、歩かなくてもいい。歩かなくても進むからである。
阪急梅田の『動く歩道』は右側に立つ人は歩いていない。
そしてもちろん、『動く歩道』は歩いてもいい。
阪急梅田の『動く歩道』では、左側は歩く人のために空いている。
つまり、『動く歩道』は歩道にしては珍しく、『歩いても歩かなくても進むことが出来る歩道』なのである。
普通、目的地までに歩道があるとき、歩道の上を歩かなければならない。
必然的な『歩く歩道』である。
しかし、ここでの『歩く歩道』の『歩く』の部分は普通必要ない。
一方で、『動く歩道』に対しては『歩く歩道』と簡単に呼べてしまう。
その裏には、「『歩く歩かないの選択ができる歩道』である」という意識が存在するのではないだろうか。
だから、『歩く歩道』と呼んだとき、その人の意識の中には『歩く歩かないの選択ができる歩道』がおそらく存在しており、その背景がある上での『歩く歩道』発言なのである。
以上をふまえると、『歩く歩道』と言ったとき、「わざわざ『歩く』をつける意味」から「『歩く歩かないの選択ができる歩道』の存在」が考察でき、つまりそれは『動く歩道』ほかならない。
よって、『歩く歩道』でもあながち間違いではないのでは、と思う。
それか、『歩道が歩いている』という意味の『歩く歩道』の可能性もある。
『歩道が動いている』という状況を、『歩道が歩く』と表現しているわけだ。
この場合、歩道を擬人化していることになる。
かわいい💘
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