大島薫初の小説『不道徳』 #2/32
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「マジで!」
陸は今度は物理的に少し身を引いた。
「あ、ああ、マジマジ……そんな嬉しそうな顔すんなよ。お前このあとたぶん残念そうにするから」
陸は妙ににやついている。
「まさか。そんな理想の仕事があって、俺が残念がるわけないだろ? いますぐにでもやりたい気分だよ!」
「そうか、ちょっと待ってて」
自信満々に豪語する拓海を見て、陸はそういうとズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、なにやら検索を始めた。
拓海は手持ち無沙汰になり、自分の懐からマイルドセブンを一本抜き取って火を点けた。
「ほい、コレ」
しばらくして、陸が表示させたサイト画面を拓海に見せる。
「えーっと……ボーイ募集――」
拓海がタバコ片手にゴニョゴニョとサイトに書かれている言葉を、小声で音読しながら内容を確かめていく。そのサイトには、筋肉質な男性モデルの身体のみを写した写真が表示されている。おそらくイメージ用の画像なのだろう。その画像の下に【ボーイ募集】というタイトルとともに、募集要項が書いてある。
業界初心者歓迎! 20代~30代まで在籍。東京にあるお店です。好きな時間に少しだけ働くこともできます。寮完備! 保障アリ! 日給5万円も夢じゃない! まずはお電話を!
よくあるアルバイト募集の概要欄と比べると、だいぶ簡素なものだった。詳しい内容は電話で、ということなのだろうか。
明らかに怪しい仕事だが、拓海のテンションはわりと高めだ。
「うわ、マジであるじゃん。男の風俗! 俺いますぐ電話するわ!」
拓海が変わらずキラキラした瞳で陸を見た。しかし、陸のほうはその様子を鼻で笑うような顔をしている。
「バーカ。よく見てみろよ」
そう嘲ると、陸は拓海の手に握られた自分のスマートフォンのページを、ググッと上にスライドしてみせる。
しばらくすると、そのページの上部、いわばタイトルロゴのようなものが表示されてきた。
「え? ゲ……イ……専門……?」
拓海が呆けたように読み上げたそのタイトルには、こう書かれている。「ゲイ専門ワーク紹介ページ」。その下には先ほどの募集要項のように、ゲイバースタッフ募集や、マッサージスタッフ募集などの文字が並んでいる。先ほどの仕事はこういったものの中の一つだったらしい。
「お前! これ、ホモが見るサイトじゃねーか!」
拓海が陸を再び見る。その顔はさっきまでのワクワクした表情とはうって変わって、驚きと戸惑いに満ちていた。
「な? 残念な顔になっただろ?」
陸は愉快そうに笑った。
「残念……っていうか、お前なんでこんなサイト見てるんだよ!」
そこで拓海は「お前もしかして……」といいかけた。
「おいおい、勘違いすんなって。あのな、俺の大学の先輩がこういうとこで働いてたんだよ」
「え?」
陸の言葉に拓海が肩透かしをくった。
「ま、正確にいうとウワサだけどな。俺の大学のゼミの一個上の男の先輩が、大学生なのにやたら羽振りよくってさ。顔が整ってたから、一部の先輩たちから『あいつはそういう店で男相手に売春をしている』って話が出回っててな」
拓海は陸が思っていたより、わりと真剣に話を聞いている。
「その先輩、女子にもモテてやっかまれてたから、そういう噂が流れたのかもな。で、そんなの本当にあるのかなと思って仲間内で検索かけてたとき、そのサイトが出てきたんだよ。調べてみると結構あるのな、そういう店」
陸は大した話でもないといいたげに語ってみせた。
「でも、お前……いくらなんでも男相手に身体売るって……」
拓海が信じられないというように、再びスマートフォンに目線を落とす。よっぽど衝撃的なようだ。それを見て、陸が笑い飛ばした。
「いや、俺もお前がやるとは思ってないよ。男が働ける風俗があるなら働いてみたいっていうから、ちょっと酒の肴に話題にしただけだよ」
そう笑う陸に、拓海もすこし顔を緩めた。
「そうだよなあ。いくらなんでも男とセックスするなんてキモすぎ。さすがにこれは金のためでもできませんわ」
拓海は、端末を陸につき返した。
「ま、ちょっと元気になってきたところで、改めてお前の失恋話に今日はとことん付き合ってやるよ」
今度は陸のほうが拓海にグラスを掲げて見せた。
「お、おう」
慌てて拓海もそれにならう。
このあと朝まで一緒にいた陸と店の前で別れて、家路に向かう拓海は、酔いと眠気の中でぼーっと、あることを考えていた。
「男の風俗……ね」
空が白んで、ゆっくりと街が目覚め始める中、拓海はそう独りごちた。
※ストーリーの構成を練ってから書き始めて、だいたい2年くらいでしょうか。はじめての試みですが、ご支援いただきましたら幸いです。Twitterでは、
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