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伊坂幸太郎【モダンタイムス】

渡辺拓海はごく普通の性格で、ごく普通ではない妻とごく普通の生活を営むごく普通のシステムエンジニアである。前任の五反田先輩の失踪により、急遽後輩の大石と共に『株式会社ゴッシュ』の案件を任されることに。
ところが、いざ現場に行ってみるとそこは殺風景な貸しビルであり、同じく外部からの雇われ作業員・工藤という青年がひとりきり。簡単なコードを弄るだけだというのにゴッシュとは一切連絡がつかず、連絡を取ろうとすると会社にクレームが入る。しかし渡辺が直接ゴッシュとコンタクトを取る術はない……という謎の状況が続く。
それと平行し、渡辺は浮気を疑った妻が雇った男たちから拷問を受けていた。「勇気はあるか?」拷問者の問いかけを皮切りに、以後何度となく勇気を問いかけられる。五反田先輩の残したヒントからとある検索禁止ワード、『播磨崎中学校』と『安藤商会』に辿り着いた渡辺は、恐妻の目を気にしながら大きな事件の真相に迫っていく。

著:伊坂幸太郎。【モダンタイムス】
短編【魔王】の続編に位置する。でもそんなに深い続編でもない。

あらすじは合ってるんだろうか……。わかったか……?
正直、意味がわからない。エンジニアの先輩が失踪して行ってみたら地味な仕事で、でもなぜか先へ進めなくて、その一方で浮気を疑われて妻が雇った殺し屋に拷問されかけてるって。要約するとどんな話なの?って聞かれると黙ってしまうかも。

↓以下ネタバレ注意。



【魔王】ではまず主人公の会社員安藤が自身の超能力(思考を相手に口に出させる)でとある政治家に立ち向かおうとし、命を落とす。同短編では主人公は弟の潤也とその妻詩織に移行し、潤也の持つ超能力を中心にお金を手に入れ、使い道を模索しながらも普通の夫婦の形態を損なわない安心感のある生活が描かれる。そして【モダンタイムス】ではさらに数十年時が経ち、主人公を渡辺に移して検索禁止ワードの裏に潜む、政府も絡む巨大な組織の正体を掴もうとする話になる。その過程ですっかり老婦人となった詩織も登場するが、物語に深く介入することはなくあくまでも間の時間をそっと補足するNPCとなっている。

物語のわけのわからなさは、掴みどころのない地味な展開のなかに散りばめられるアイテムの多さにある。
■バツ2の恐妻。しっかり者で夫に一途、異常に嫉妬深く夫の浮気を疑って殺し屋を雇ったりする。今までの旦那もなぜか死亡。なんの仕事をしているかは不明。格闘家ばりに体術ができて強い。
■失踪した浮気相手。運命的なできごとをきっかけに渡辺と不倫関係になる女性社員で、海外に旅行してそこから失踪。
■作者と同じ井坂好太郎という名前の小説家。渡辺の古い友人。
■播磨崎中学校。井坂との会話から途中で突然ねじ込まれた事件。あれよあれよという間に物語の中心に。
■カリスマ政治家。犬養(過去)と永嶋(現在)。どちらも印象がよく似ている。
■安藤商会。播磨崎中学校とセットで検索するとエロサイトに引っかかり、検索した人間が酷い目に遭う。
■連発される逆転の発想。
■ヒントとして現れる見たこともない映画。

まだある。まだまだあるけどこれらが一つ話題に上ってはまた下げられて、また上っては下げられるの繰り返し。結局なんだっけ~とごちゃごちゃしているうちに渡辺たちはどんどん真相に近づいていくし、後半の展開は殺し屋シリーズにもひけを取らないほどの活劇もあるにはあるが……そのまま終わっちゃう。なんにもなし。プラスもマイナスもない。

仕組みが知りたくてどんどんネットサーフィンしてるうちに意味のないサイトに辿り着いては引き返し、資料を読んでもやっぱり納得できなくてさらに深いところを探ろうとして最終的に諦めるという経験をしたことはないだろうか。私はある。この小説はそのときの焦燥感や好奇心や達成感への渇望を延々二冊に渡って描いている。彼らは自らの足で動いて会話を交わしているけれど、社会を検索していたのかもしれない。そして社会というものは個人の仕事の集合体であり、責任は散らされ、諸悪の根源など存在しない。社会という大きな化け物に沿って、化け物の鼓動に呼応するように人が動くだけ。そこには誰の思惑もなく、ただ「そうなっている」。
終盤、安藤潤也の遠縁であることが発覚した渡辺も超能力に目覚めるが、まさかその力でヒーローになるわけでもなく、結局は人の都合と運とほんの少しの人情によって生きながらえる。超能力を題材に盛り込んでおいでちょっと便利な道具程度の扱いしかされていないのは珍しい。

理解はできたし解釈は好きだけど、ぶっちゃけつまらん。

長々引っ張ってこれかいって感想ならまだマシなほうで、なんか行き当たりばったりっていうかな~~。

読者はもっと佳代子の正体とか、浮気相手の詳しい事情とか、安藤潤也とお兄さんのことについて掘り下げが欲しかったわけ。

でも作者がめっちゃ丁寧に描いてるのは親友である作家井坂の死の描写とか、井坂の言葉に隠されたヒントとか、佳代子がどれだけ魅力的で強くてかわいいかとか、そんな話ばっかり。

ええねんそれは。佳代子が作中最強破天荒嫁で、お茶目でKYで、そのKYによって渡辺がどれだけ救われてるかはもうええねん。てかだんだんキャラが若返ってんのよ。冒頭のイメージと全然違いますけど!こちら連載形式だったからつじつま合わせに苦労した様子も見えて、それは同情するけど佳代子と井坂への萌え駄目が想像以上に尾を引いてる気がしました。

佳代子は殺し屋シリーズにそのうち出てくる人かな~なんて思ってたんだけど、いまのところ普通のあたおか主婦です。
工藤もなにかあるかと思いきやなにもないし。真相については「そういうふうにできている」っていう最初に掲げたテーマ通りだからいいと思うの。でも途中で散らした小ネタについては真相は闇の中では困る。もうちょっとわかりやすくお願いしたい。

丸投げともいえる帰結に、読後読者が真相や解釈を知りたくてこぞって検索するところまで折り込み済みなんだろうか……無駄だよ……掘ってもなにも出てこない……。多くを知ろうとするな目の前の答えだけ見ろ……。

敢えての演出が結果的に「面白くない」に繋がってしまった作品だけど、面白いという人もいるだろうし、伊坂の普通っぽさを見失わない世界観はいつもいつも読んでいて心地がいいね。話は面白くないけど読み心地の良さは百点でした。

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