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女性には助産師さんが必要です。

小柄な倉島先生は、身長175cmの私がものすごい力で両足を突っ張った時にも「大丈夫だから思い切って力をあずけて。ほら腰をひかないで、う〜んと前に突き出して、両足踏ん張ってごらん」と毎回のいきみで私を力強くリードしてくださいました。
(フランス・パリ 木村章鼓)


あまりにも凄い至高体験

産前に説明して下さっていたように、一回一回のいきみのエネルギーを最大限に高めたい!そんな先生の熱い想いが、実際の分娩中にも伝わってきました。会陰保護も後から思い出しても完璧でした。

お湯で浸し絞ったガーゼを毎回清潔なものに取り替えながら、しっかり膣口の正面から向き合っていきみのがしも叱咤激励してくださった。そのおかげなんです。まったく裂けず、想像していたよりもずっと少ない回数でつるんと私の一人目の赤ちゃんは生まれてきました。

全身が出てくる直前、ぽ〜んと宇宙に浮かぶというか、虚空に浮かぶ自分が見えるというか、ハイになるというか、あまりにも凄い至高体験で、ああ、この一瞬を私の魂は未来永劫記憶するのだ、と遠くで感じたことを覚えています。


純粋に命を産み出すことだけに集中できたあの日

家を産み場所にして本当に良かった、と生んだ直後に実感しました。

昨日まで聴いていた音楽、枕の匂い、いつもの日常空間に、違和感なく一人増えている。人生において、これほどの贅沢はないと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

産気づいてもあわただしく靴をはく必要もなく、留守の家を心配することもなく、余計な準備に心煩わされることの一切なかった分、私は純粋に命を産み出すことだけにあの日、集中できました。そして、その環境設定こそが、安産を導いたのだと思います。


「産んでおしまいじゃないよ」

産後訪問で手厚くフォローしてくださる助産師さんがいてくださる。これは、地域の宝物だ!そう痛感したのはもう少し後のことです。

生後数ヶ月で、さっそく「どんぐりの会」という名で倉島先生を囲む会を定期開催していきました。その後、開業するには嘱託医問題があったり、集約化の流れの中で若手助産師さんが開業しにくいという事情を深く知っていくことになります。

どうしよう。。。どんどん開業してもらわないと、私が味わったようなお産は、生まれてきた娘に手渡せない。そんな危機感をずっと持ってきました。

私はその後、程なくして急な夫の転勤で海外へいくのですが、しばらくして、倉島先生は引退されたと聞きました。「産んでおしまいじゃないよ」という先生の笑顔を今も懐かしく思い出します。「2足歩行が出来るようになるまでは第二の胎児期ヨ!」というお言葉も、本当にその通りです。むしろ、産んでからの子育ての方が、しっかりと気持ちを引き締めて(肉体だけでなく精神的に)向き合っていく大きな挑戦です。


日本は助産師さんが開業のできる素晴らしい国

助産師さんには、深い知識と経験があります。お話を聴いているだけで、私は様々な知識を教えて頂けたと思います。それは、出産だけでなく、母乳のこと、育児のこと、人生への向き合い方、すべてです。

私は、地元の助産師さんと繋がれたことで、何も心配せずに産めました。いつでも困った時に駆けつけられる助産師さんの存在は、私にはとっておきの宝物でした。そんな宝物が、もし、どこにも見つけられない社会になったら私たちは一体どうやって、自分たちのカラダをと心を守っていったら良いのでしょうか。

助産の本質が本来の意味で活かされていない周産期ケアとは、なんと非人間的なのでしょう。私はその後、各国でお産について学びました。そして、日本は助産師さんが開業のできる素晴らしい国であることに驚きました。


女性には助産師さんが必要です

助産師さん、女性がお産でみせる変容はすごいです。貴女の手が見守っていて下さるだけで、女性は、自分に自信をもって産んでいける。どんなお産になっても、精一杯頑張った自分に納得できる。人生の糧に変えていける。

どうか、ご自分が学び、手にした職能について、今一度じっと見つめてみてください。自覚と自信と覚悟をもって、本当の意味で、これからのお産を導いてください。そこに私たちも声を合わせ、旗を振っていることでしょう。

その声が、たとえどんなにプレッシャーに感じられても、煙たがられても、やはり、そこだけは譲れない。なぜなら、どんなに高度に救命救急を専門とする病理の医療技術が進んでも、女性には助産師さんが必要だと私は知っているからです。

ちなみに、母は高度に管理された施設で私を産みました。畳で生まれることは出来なかったけれど、出来ることなら畳で死ぬ、それが私の希望です。命のはじまりを家で迎えたからこそ芽生えた想いです。

周産期から終末期にまで、人の死生観に大きな影響を与える助産師さん。人というのは、産む本人だけでなく、その家族、友人、地域社会、すべてに対しての影響力です。社会の生命力の源泉が助産ケアに在ると言ってもいい。

大袈裟ではなく、母子がどうケアされるかは、国の存亡にもかかわる一大事です。ロケットを飛ばしている場合ではありません。生理の範疇を得意とする助産師さんが、「本来の助産師」として働けるように、みんなで育て、応援しましょう。


助産の灯火が消えないように

今、私たちは、大事な宝物を失いつつある過渡期にいます。今からどう頑張っても、ひょっとしたら無理かもしれない、というほどに、助産は「医療」というシステムの深くに封じ込められています。

灯火が消えないように、「いいお産」という油をさしつつ、これからも女性史を語り継いでいきましょうね、声を揃えて、もっとずっとボリュームも上げて、歌いながら、踊りながら、そうこれからも。

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