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夫の残してくれたこの宝物を、私は精一杯育てていきます

私は出産にあたり二人の助産師さんに助けていただきました。
夫の後天的な病気のために、私たち夫婦には初めから顕微授精しか選択肢がありませんでした。3度目の着床手術で子どもを授かれた時には明るい未来がぱっと目の前に広がるように感じました。
(京都府 北村誌野)


出産は、ゴールではなく始まりだ

私は39歳。夫は四肢麻痺の障害があり車いす。自力で病院に来ることができません。出産は必ず夫と共にという思いから様々な可能性を探り、最終的に自宅出産にたどりつきました。

助産師のYさんはまず我が家の状況を理解した上で、自宅出産の手助けを引き受けてくださいました。高齢で子宮筋腫も大きい私は断られても仕方ないと思っていたので、とてもありがたい気持ちになりました。

Yさんはその後てきぱきと出産に必要なことを教えてくださいました。曰く、出産の心がまえ、自宅で産むための体づくり(食事と筋肉)、産後の母体をケアするための環境づくりなど。産前産後の自分がどのような状況にあるのか想像するのが難しい私に対して細やかに説明くださるとともに、夫に対しても、自力で体が動かせないのは承知の上で、妻とお腹の子を守るためにできることを一緒に考えてくださいました。

出産がゴールではなく、そこからが始まりなのだと教えてくださったのもYさんです。初めて会ったにも関わらず私たちはYさんを信頼できる人だと確信しました。


つらく悲しい日々を支えてくださった助産師Yさん

その半月後に夫が亡くなります。私はちょうど妊娠5か月目に入る頃でしたが、夫を喪って精神的にぼろぼろの私をYさんは支えてくださいました。通夜と葬儀にも付き添ってくださり、診察して、赤ちゃんが元気で生きようと頑張っていることを伝えてくれました。

夫を喪った今、私もこの先を生きる意味が失われてしまったように思い気力がありませんでしたが、それにも関わらずお腹の赤ちゃんは生きようとしている。その鼓動を聞かせてもらって、私は生きなくちゃだめだと感じました。

結局、最大の理由であった夫がなくなったことで自宅出産にこだわる必要はなくなりました。それ以上に夫との思い出が残るこの家にいることがつらく、私は家族を頼って遠く沖縄へと飛びました。沖縄で前年に姉が出産したクリニックにお世話になることにしたのです。

そちらに転院するまでの間もYさんのサポートによって体と心を整えることができました。ヨガとタケノコ体操(子宮の周りの筋肉を鍛えることで、早産を防ぐことと、産後の出血をできるだけ少なくするためのトレーニング)。私の人生で最もつらかった日々を支えてくださったYさんは助産師として以上に人間として尊敬できる、温かい方です。出逢えてよかった。


人間味あふれる助産師さんへの感謝

沖縄に移ってからも私は相変わらず抜け殻のようでしたが、こちらのクリニックでもう一人の助産師Aさんに出会うことができました。

出産は10時間超。子宮口が5㎝から開かず、お医者さんの診察で促進剤を使うか尋ねられましたが断りました。その後アロマのお風呂に浸かったりしながら9時間半以上経つうちに疲れてきて、ぼんやり痛みに耐えているとお医者さんが、これ以上待つのは危険だから帝王切開をするべきだというのが聞こえてきました。

バースプランに促進剤や帝王切開はできる限りしてほしくない旨を書いていた私は痛みに苦しみながらも、それは嫌だ~と思っていました。するとそのお医者さんとAさんが連れ立って分娩室を出ていき、しばらくしてAさんだけが戻ってきました。そして、「帝王切開はしませんよ」と告げてくださいました。おそらくお医者さんとAさんの見立てが違っていたのでしょう。私の状態がまだ大丈夫だと判断した上で私の希望に添い、お医者さんと掛け合ってくださったようでした。その上で、これ以上長引くと母子ともに弱ってしまって危険だから、促進剤は打ちますと告げられました。

それからの30分はこれまでとは比べられないほどの痛みでしたが、「その痛みのある場所を赤ちゃんがノックしてるんだよ、今から通るよと合図してくれているから、苦しいけれどその場所に思いを向けて、優しい気持ちで迎えてあげてね」と言われました。極限の痛みの中でそんなの無理!と口走ってしまいましたが、何度も何度も、赤ちゃんが今そこであなたと出合っているよ、一緒に頑張っているよと教えてくれました。

ゼラニウムのアロマオイルをしみこませたハンカチを握りしめ、その香りを吸い込むと少しだけ楽になりました。何度も何度もAさんの落ち着いた励ましの声に、痛みを超えて赤ちゃんを想うことができました。最後に背中の一番下のあたりに大きな衝撃が通り抜けるような感覚があり、赤ちゃんがこの世界へ生まれました。

今その息子は2歳。エネルギーの塊のように動き回り、しゃべり、食べ、寝ます。夫の残してくれたこの宝物を、YさんとAさんがこの世界へと導いてくれたこの命を、私は精一杯育てていきます。人間味あふれるお二人の助産師さんに感謝の気持ちがなくなることはありません。

図1


(紹介者:木村泰恵さん(木村助産院))

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