マライアとルーサー:ある妄想

6月17日に開催された『#1 インフィニティ』のリリース記念パーティーの際にもちょこっと話したことですが、マライア・キャリーの「ヒーロー」は実はマライアが歌うはずじゃなかったという件と、それにまつわるルーサーのお話。

ダスティン・ホフマン主演の『靴をなくした天使』(原題Hero)のサントラを担当することになったエピック・レコードが、マライアに主題歌を歌ってくれないかと持ち掛けたところから話は始まります。

当時のマライアはまだ映画の曲に手を出す時期じゃないからということで、この話を断ります。すると、エピックはそれならせめて曲だけでも作ってくれないかと頼み込んできました。マライアと共作者のウォルター・アファナシェフは提案を承諾。そのとき、想定されていた歌い手はグロリア・エステファンだったといいます。マライアはグロリアのイメージで歌詞を書き、ウォルターと曲を制作したのでした。

ところが、出来上がった「ヒーロー」を聴いた旦那のトミー・モトーラは、こんないい曲を人にあげちゃもったいない! 自分で歌え!と言い出します。さすがやり手のエグゼクティヴです。鼻が効きます。かくしてマライアは自分向けの歌詞に書き直し、あの名曲が世に出されたのでした。

一方、キャンセルされた映画のテーマ曲の方は、エピック所属のルーサー・ヴァンドロスに「ハート・オブ・ア・ヒーロー」を作ってもらい、事なきを得ます。とはいえ、ルーサーはおそらく極めて時間がない中での制作だったはず。事情も分かっていたでしょうから、引き受けながらも面白くはなかったでしょう。

その後しばらくして、マライアはルーサーのアルバム『ソングス』のために彼と「エンドレス・ラヴ」でデュエットします。話によれば、ルーサーはこの頃、トミー・モトーラにチャート首位が欲しいと掛け合い、トミーはそれならばとウォルター・アファナシェフと彼を組ませ、カヴァー・アルバム『ソングス』を作ることになったと言います。結局、マライアとの「エンドレス・ラヴ」はポップ・チャート2位止まりになってしまいましたが、ルーサーのキャリアでは最高位。大切な代表曲のひとつとなりました。

これは妄想ですが、「ヒーロー」の主題歌を押し付ける格好になった穴埋めとして、トミーはマライアとの最高の形でのデュエットを許したのではないでしょうか。ちなみに、当時、日本のテレビ局がロンドンに滞在中のルーサーとマライアにインタヴューするレアな映像がYouTubeにアップされています(おそらく上記ロンドン公演時の取材)。

いくらマライアがデュエット相手とはいえ、他のアーティストのアルバムのために共演者が、しかもスター級のアーティストがプロモーションに同席するなど、あまりないことです。普通であれば、たとえ暇だとしても裏で一服しているところでしょう。それだけに、やはりマライアはあの借りを返したのかな、などと邪推したくなるのです。

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