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3年目を迎えたおさむし ~もう一度あの日の自分へ会いにいく~
こんにちは。おさむしです。
ツイッターでお話しましたが、先日の12月1日をもちまして、無事にライター生活3年目を迎えられました。
おはようございます!
— 芦田おさむし@フリーライター (@osamushiwriting) December 1, 2020
今日から12月。
そしてライター生活3年目に突入しました😊
この1年はしっかり成長・飛躍の年にできるよう、頭を使いながら生きていこうと思います。
今日も早速お仕事がんばりまーす💪
42歳未経験、ぶっちゃけ何をするかもよくわかってないままこの世界に飛び込んだにしては、よく生き残れたなと思います。
さて。そんな丸2年をライターとして過ごせた僕は、ツイッター上にたくさんいらっしゃるような綺羅星のごときライターではありません。
特にこの2年目は、順風満帆に成長できた年だったとは言いがたく、反省点が山盛りです。
今回はそんな山盛り反省点の振り返りと、それら反省点が生まれた理由、そして3年目に向けた意気込みなんかを自分語りさせてもらおうかと思います。
先に1年目を振り返ってみる
そもそも1年目を振り返った記録をどこにも残していませんでした。
簡単に振り返ってみると……
・2018年11月30日にランサーズ登録
・同12月中にランサーズで初受注、その勢いで開業届け提出
(登録上の開業日は12月1日です)
・3ヶ月目くらいで月収20万円達成
・このころ某オンラインサロンに入会
・2019年3月くらいに今もお付き合いのある格闘技メディアで仕事スタート
・2019年中の月収は25万円前後で行ったりきたり、最高28万円
みたいな感じでした。
単価は0.5円くらいからスタートして、1年目終了くらいには平均1.8円くらいだったと思います。
メンタル的にはとにかく突っ走った感じ。ボリュームゾーンは1.5円前後だった中、たまにいただく2~5円の案件がうれしくてうれしくてたまらない日々でした。
こんな1年目を踏まえ2年目を迎えた当時は、自分の未来に夢を一杯抱えている毎日でした。
しかしこのまま上っていくと信じていた僕にとって、この後いろいろ想定外の出来事が起こりはじめます。
引っ越し、そして40万円
2年目を迎えた2019年12月。当時僕は家賃62,000円の1Kに住んでいました。
これといった特徴がある家ではないものの、また更新しようかなと思う程度には不満もない家。ところが隣に引っ越してきた大学生の話し声がうるさく、大きなストレスを抱えることになります。
そして当時参加していたサロンでも相談させてもらい決断。
2020年2月に引っ越しを敢行しました。
引っ越した先は同じ市内にある85,000円の2DKです。
ちょうどライターとしてやっていく自信もついてきたころ。より快適で高い生産性を生む環境を整えるべく、結構なコストを費やし同時に仕事環境も整えました。
ついにいいいいいいい!
— 芦田おさむし@フリーライター (@osamushiwriting) February 13, 2020
仕事場ができたあああああ! pic.twitter.com/nJ1AtX61Rs
その目論見はうまく当たり、結果収入も超アップ。
それまでMAX28万円くらいだった僕の月商は、一気に40万円まで跳ね上がっています。
やればやっただけ稼げるとみんなが口にするフリーランスドリーム。
サラリーマン時代の額面月収を超える売上に
「ウソじゃなかったんだ!」
「僕でも稼げるんだ!」
と小躍りしていたのを覚えています。
翌月の月商も、やや下がったものの35万円ほど。
このまま月収50万、100万も夢でない。
トップライターのステージに駆け上がっていくものだと信じて疑いませんでした。
しかし山があれば谷があるもの。転落は早いものです。
コロナ直撃、そして10万
新型コロナウイルスの影響や対策が日本でも騒がれはじめた4月以降、僕の仕事にも影響が出てきました。
まず人を集める興行である格闘技イベントの相次ぐ中止。これにより主軸の一つである格闘技案件が壊滅します。
また5月には、売上の30%ほどを占めていた案件の停止。そしてサロンからいただいていた案件の大元が発注を停止と、案件の中止・停止が相次ぎました。
結果、売上の軸として掲げていた3本の柱が2ヶ月ほどで全部消滅。5月の売上はピークの40万から10万円にまで転落しました。
このときばかりはさすがに肝が冷え「自営業YABEEEEEEE!!!!!」とびびったものです。
拾う神に救われて20万
コロナで業界全体の仕事は減少し、方針変更して就職しようにも受け入れ先も激減という状況の中。ありがたいことにライター仲間からお仕事をいただけ、危機的状況は脱出しました。本当に捨てる神あれば拾う神ありです。
単発でいただけるお話もありつつ、徐々に格闘技メディアの仕事も回復。今では毎月20万前後、一人で暮らしていく分にはギリギリなんとかなる金額をキープできています。
と転落したものの、なんとか文字を書いて自活できる程度までは復旧に成功した2年目。しかしもともと目指していたのは、毎月ギリギリ生きているような姿ではありません。
2月に夢見たのは、文章を通じゆとりある生活を送るトップライター。
仕事そのものには大きな不満はないものの「こんなはずじゃなかった」を抱えたまま、3年目開始の日を迎えました。
コロナの影響を受けたのはある程度仕方ない面もあるでしょう。しかしある程度社会が持ち直している中、僕が持ち直しに失敗しているのには、ひとつのおおきな理由がありました。
それは「認知のゆがみ」です。
本当のお前はすごくない
世の中には凄腕のライターさんがたくさん。ありがたいことにそういう評価を受けている方々と仲良くお付き合いしていただけており、日々勉強させてもらっています。
こういう環境の中で注意しなければいけないのは「自分の価値を見失わない」こと。端的に言えば「周りがすごいからといってお前がすごいと思うな」ということです。
営業をしなくても仕事が舞い込んでくる人、文字単価3円未満の案件はひとつも持っていない人、社会的に需要のある専門分野をもつ人、有名メディアと繋がりをもっている人、Webメディアの制作ができる人、1日に20,000文字書ける人、音声入力が得意な人、あらゆる取材に対応できる人、などなど。
いろんな能力を持つ人とお付き合いしていただいていますが「僕はそうじゃない」という当たり前のことを忘れ、自分はすごいと認知を歪ませていたような気がします。
また順調に伸びてきた収入が引き起こした「もしかして才能あるんじゃね?」という無知ゆえの勘違い。これも歪みを大きくするには十分な威力をもつものでした。
その歪みを放置した結果、営業しなくても仕事は来るはずだ、自分は文字単価3円以上の価値があるはずだ、専門ジャンルはいずれ身につくはずだ……と、多くのチャンスを逃してきたと今では自覚しています。
あ、こいつやばいな
ところでなぜ僕がこの問題に気がつけたかというと、とある記事を読んだことがきっかけにあります。
ご覧いただいた方も多いと思いますが、僕自身をインタビューしていただいた記事です。
30代以上で未経験の世界に飛び込み充実した生活を手に入れた人。自分を取材していただいたはずなのに、読んだときの感想は「あ、こいつやばいな」でした。
まだまだ転職35歳限界説が根強いご時世。40過ぎて未経験の世界で生きている。しかも充実しているなんて、夢がある世界を手に入れたやばいやつでしかありません。
振り返れば、少なくとも2月に引っ越した頃は、明日に夢を抱く充実した日々を手に入れていました。
一度は実在させたやばいやつ。もう一回やってやろうじゃないか。
と、インタビューの中の自分にオケツを叩いてもらったわけです。
3年目は「地に足をつけて登る」
というわけで、3年目は自分の立ち位置を自覚した上で、しっかり前に進む1年にしようと思っております。
言うなればキャリアの作り直し。スローガンを作るなら「地に足をつけて登る」です。
先日経験を積んだ人が自信を無くす現象「ダニング・クルーガー現象」についてのツイートが話題になりました。
自信がなくなったときに見る画像。 pic.twitter.com/63k7PZ8su0
— 池島寛悟 | SCULPTOR代表 (@ryysurvivor) December 1, 2020
曲がりなりにも文字を書くだけで2年生きていられたので、それなりの経験値はあると思います。しかし歪んだ認知の上にあった自分に比べれば、本当の自分はちっぽけなもの。自信なんてありゃしません。
思い返せば、もしかしたら2月の自分がもっていたのは根拠のない自信だったのでしょう。
もしそうだったとしても、あの日に抱いた夢は確かなもの。もう一度自信と夢を持つ自分に会いに行くため、この3年目は前を向いて歩こうと思います。
来年の今頃、このnoteを見直しながら「ようやったわwwww」と言えるようがんばります。
というオジサンの一人語りでした!
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