何者かになれなかった自分は

この記事は旧アカウントで2020/01/04 17:17に掲載されたものの転載です。

お正月に見ていたテレビに、「島根県が好きすぎるあまり観光大使になってしまった高校生」が出演していました。

幼少期に行った島根への旅行先で、地元のおばあちゃんに親切にされたことがあまりにもうれしくて島根のとりこになったという彼。小~中学生時代には島根の普及にいそしんだ結果、島根県庁に見初められ観光大使になってしまったという彼の姿を見て「この歳でもう名を成しているのか……」と驚嘆させられました。

そんな彼の姿を見ていると、突如自分の小学生時代の思い出がプレイバック。

僕もある時、彼のように何かの扉を開こうとした時がありました。

ゲーム「三国志」と「魏志倭人伝」

小学生のころ、当時ファミリーコンピューターで発売された歴史シュミレーションゲーム「三国志」にドはまりしていました。個性的なキャラクター達が操る通りに陣地を占領していく様に快感。そして徐々に本物に三国志に触れたくなり、7歳離れた兄の勧めで吉川英治作の小説の文庫本を購入しました。

ゲームと小説の間を往復するそんなときにやってきた夏休み。課題として出された自由研究で、僕は熱中する三国志をテーマにしたいと考えます。
しかし当時の環境においては、三国志がマイナーであることは理解していたため、社会の授業で習った「邪馬台国」を絡めることに。図書館で歴史の本を読みあさった結果完成したその課題は、邪馬台国の様子が記されていたという中国の歴史書の名を借り、「魏志倭人伝」と名付けられました。

邪馬台国の文化の紹介、卑弥呼の謎、そしてそれらの記録が残されていた三国志の舞台の一つ「魏」の紹介。当時を思い返してもその完成度は高く、また熱量も相当なもの。作品を見て唸る担任教師の姿に、ひそかに勝利感を感じたことを記憶しています。

おさむし少年の選択

それだけの作品を送り出すだけの熱量と知識を持つおさむし少年。そのまま歴史を愛し勉学に勤しめば、何か大きな事を成し遂げられたかもしれません。しかし少年はこの時大きな選択ミスをしてしまいます。

興味の方向を「歴史」ではなく「ゲーム」に向けてしまったのです。

勉強はそこそこに、新しい三国志が出れば寝る間も惜しんで熱心にプレイ。ゲームを通じて得た三国志うんちくを得意げに語りながら、公立中学から地元の商業高校、そしてFラン大学へ進学。その間もずっと三国志のゲームは愛していましたが、その熱量はまったく進路に影響することもなく、少年は社会へ旅立っていくのでした。

何者かになるチャンス

その数年後、ゲーム好きが功を奏し、結果としてオンラインゲーム会社に勤務することにはなりました。しかし今でも思うのは「あの時歴史を入り口に勉学に勤しんでいたら」というIFルートの行く末です。

歴史好きが高じて社会科の教師になっていた?歴史書の出版社に勤めていた?はたまた三国志のゲームを作っていたKOEIに就職していた?いろいろなIFが思い浮かびます。

熱量と知識が結びついた先のどこかのルートなら、僕は島根を愛する少年のように「何者か」になれていたのかもしれません。

恐らく魏志倭人伝以外にも、僕の人生のルートを大きく変える選択はいくつもあったと思います。そしてこれからも。過去に戻ってやり直しはできませんが、これから先の選択次第でまだまだ僕は何者かになれるかもしれません。

ゲームを選ぶか、歴史を選ぶか。どうか次の選択は理想のルートに向かう選択になりますように。

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