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秘密結社Kについての手記

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。ヒュー、ヒュー、ヒュー。
逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。

走る。息が、切れる。
血生臭い鉄分の味が込み上げてきて、冷ややかなナイフを喉元に当てられているかのような感覚が押し寄せる。

、、、
やつらが来る。




私は今とある場所に身を隠し、息を潜めながらこの手記を書いている。この場所にもやつらの追手が迫ってきているため、あまり長くはいられないだろう。このように文章として形に残すのはリスクの高いことだが、やつらの悪事を白日のもとに晒すためには致し方あるまい。

つい先日まで、私はどこにでもいる冴えない大学生だった。歳相応の承認欲求と名声欲に駆られ、臆病な自尊心に囚われているような。必死で受験勉強をして入学した大学だったが、上辺だけの人間関係や、露骨な実力至上主義に嫌気が差していた。結局大学も小さな箱でしかないということに気が付いたため、窮屈さを感じていた。

しかし、ある日突然その凡庸な大学生活は終わりを告げた。
その日は遠方から高校時代の友人T(仮名)がこちらに訪ねてくる日だった。
久々に顔を合わせたTと私は思い出話に花を咲かせつつ、酒を酌み交わしていた。
Tも私もへべれけに酔っ払い、とても良い気分で帰路についていた。Tは飲み屋街の周辺に宿を取っており、そこまで送り届けることになった。その最中だった。事件が起きたのは。



バン



バン


パーン!!!!!!!!!!!!

深夜の誰もいない道路に、突然銃声が3発鳴り響いた。
私はもちろん銃声というものを聞いたことがなかったのだが、その音は素人耳にも銃声だということが分かった。
音を聞いてパニックに陥った私は、その場で気を失ってしまった。



・・・







どのくらい気を失っていただろうか。気がつくと私は冷たい道路に横たわっていた。反射的に周りを見渡し、行動を共にしていたTの姿を探す。
が、Tの姿が見当たらない。どこか別の場所に逃げたのだとも考えたが、高校時代に一、二を争うほど懐が深かった(人柄に順位をつけるのはいかがなものだが)彼に限って、気を失った私を放置してどこかに逃げるようなことはしないだろうと思った。それになにより、彼の携帯電話に連絡を入れてみたが返信も電話の一つも返ってこないのはどう考えても奇妙だった。
「おかけになった電話番号は、現在電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため、かけることができません。」
その冷たい機械音が私に現実を突きつけてきた。
途方に暮れた私は、とりあえずTが宿泊していた宿まで足を運ぶことにした。
その宿は、地元で食堂を経営している夫婦が貸し出しているゲストハウスだった。そのため鍵がなくとも建物内に入ることができたのだ。
建物の中に入ってすぐにTの姿を探したが、人の気配も、Tが置いていったはずの荷物もなく、もぬけの殻だった。



・・・そう、まるでTが初めからいなかったかのように。



ツーッと私の頬を冷や汗が伝う。

私は思い出した。
飲みの席でTが口を滑らせていたことを。


大学があるこの地域は、田舎で世間も狭いため、一つの企業が覇権を握っていた。その企業は地元では知らない人はいないほど有名で、どこに行ってもその企業の名が出てくるほどだ。

ある時、私は同級生からまことしやかに囁かれているその企業に関する噂を聞いた。(ここではその企業のことを企業Kとする)アルコールが入っていたこともあり、Tと飲んでいるときに冗談まじりでその噂について口にしてしまったのだ。
それはこのような噂だった。
企業Kが地域の人から評判が良いのには裏がある。表向きはクリーンで地域に貢献している企業のように見えるが、裏ではとある政治家と癒着していて汚いカネのやりとりも行っている、と。
ここまではよくある話だ。
問題はその先だった。
企業Kは自企業にとって不都合な人間を合法的に抹殺する"秘密結社K"を立ち上げている、と。

私も初めに聞かされた時は面白い都市伝説だと思い、笑い飛ばした。
しかし事実、企業Kに関しては気味が悪いほど良い話しか聞かない。貧困児童を救う活動を行っているどこかの慈善団体に寄付金を送っただとか、街の犯罪率を下げるために社員が協力してパトロールを行なっているだとか。
・・・この噂のことを私に話した同級生が2週間後音信不通のまま大学に来なくなったというのも、どうにもできすぎな話である。

そんな噂をTに一通り話終えた後、Tは高らかにこう言い放った。
「なんだそのクソキモい企業は。そんな企業の代表者なんて俺がぶっ殺してやるよ。」と。


噂の内容を踏まえて考えると、Tは秘密結社Kに存在を消されてしまったという可能性も考えられる。

嫌な予感がした私は、Tと飲みに行った店に戻った。まさか、と思い店の座敷のテーブルの下を確認した。
カタッと何かが手に当たった感触があった。テーブルの下を覗き込んだ。
このシーン、ドラマで見たことがある。
盗聴器だ。

これで確信した。Tを連れ去ったのはやつらだ。
Tの身に何か起きる前に、一刻も早く、早く助け出さなけれb...

ガンッッ

後頭部に衝撃が走る。背後からやつらに襲われたようだ。意識が遠のいてゆく。
薄れゆく意識の中思い浮かんだのは家族の顔でも想い人の顔でもなく、「内側の概念がないメビウスの輪バウムクーヘン」という謎の単語だった。
私は意外と薄情者なのかもしれない...。




・・・




〈つづく〉







⚠️この物語は全てフィクションであり、実在する人物・団体とは一切関係ありません。

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