【優】Juno: New Origins @ 2024-05-06

私はこのゲームがSimple Rocket 2と名付けられていた頃に本作を手にし、たったの2時間弱だけ遊んで、そのままSteamコレクションの片隅に放置してしまっていた。今思い返せば、当時のSimple Rocket 2は遊ぶに堪える代物ではなかったのだろう。コンテンツもなく、ゲームプレイはスマホゲームのように単調で、グラフィックは平坦、作れるロケットは平凡、到達できる惑星はせいぜいが月と火星まで。こんな宇宙ゲームが面白いわけがない。当時はKSPの天下であり、KSP2は今か今かと待ちわびられていた日々であった。

時は経った。誰一人未来を正確に予想することなど出来なかった。コロナは去り、戦争が始まり、日本円はゴミ通貨になり、KSP2は死に、Simple Rocket 2はJunoと名前を変え・・・その結果KSPに匹敵する、否、部分的にはKSPをも超える名実ともに優れた宇宙探査ゲームとなってしまった。KSPが本作に勝るのはMODの物量、グラフィック、何より緑君の存在、この3点だけだ。それ以外全ての要素においてJunoに軍配を上げてもいい。


定価2300円、本日まで6割引の920円であった。申し訳ない、後1日早く紹介すれば購入機会があっただろうが・・・幸いにして本作は定期的にセールを開催しているようだ。ウィッシュリストに入れて気長に待つも良し。2300円の定価だって十分すぎるほどお買い得価格だ。定価6820円の死んだゲームと比べれば、尚更な。


長所

  • 一番の長所を挙げるならやはりロケット作成の自由度と奥深さだろう。本作のロケットは全てプロシージャル手続き的自動生成なパーツで構成されており、例えば燃料タンクを例にしてもKSPのように「1m直径」「2m直径」「4m直径」「8m直径」のように決められた規格があるわけではない。「燃料タンク」というパーツが一つだけ存在し、そのパーツの直径と長さを10センチメートル単位で調整し、中に詰め込む燃料を調整し、見た目を調整し・・・文字通り何でも調整が可能だ。ヒートシールドタイルを付与することまでスライダーをちょっと弄くるだけでいとも簡単にできる。更に詳細なのはロケットエンジンであり、液体ロケットエンジン一つ取っても一液式RCS・二液式圧送サイクル・二液式電動サイクル・二液式ガス発生器サイクルなどなど動作サイクルから選択が可能、ノズルの形状やノズルの広がり、長さといったパラメータも全て事細かに調整ができ、それら全てが実際のロケットの性能に反映されるのである。まさにロケットエンジンオタクにとっては夢のようなゲームなのだ。KSPでは店売りの決められた性能のエンジンをどのように積んで性能を出すか、というふうな考え方でロケットを作ることがしばしばあったが、本作Junoでは要件に応じてロケットエンジンの詳細を微調整することで費用を少しでも抑えたり、TWRを調整することもできれば、「この一段目で30kmまで上昇して、そこから先で使う二段目だから、30km〜真空での性能を重視してノズル長を長く設定しよう」といったマニアックな調整までが可能になっている。思わず夢中になって数値をいじくり回してしまった。

  • UIと操作性が抜群にいい。私はMOD山盛りKSP初代のUIが狭苦しくて煩いと思っていたし、KSP2のUIにもどうにも馴染めなかったが、本作のUIは使っていて不都合を感じることもなければ機能不足を感じることもなかった。必要なものが必要な場所に単調に並んでいる、ただそれだけなのだが、それこそが重要なことだ。
     操作性についてもMOD無しに最初からHEADINGを固定するオートパイロット機能が用意されているのが嬉しい。Prograde/Retrograde固定といったよく使う機能も簡単に扱える。個人的に大変嬉しかったのが画面の右下にロール・ピッチ・ヨー・スロットルなどの操作軸をパネルとして並べることが出来、それらの入力をマウスで直接ドラッグして特定の値に固定する事ができる点だ。例えばピッチ入力10%を常時入れっぱなしにするだとか便利に使わせてもらっている(実際の航空機で言うところのピッチ調整ダイヤル的な使い方、燃料・速度・高度により航空機の姿勢が変化するため)。

  • コンテンツも魅力的な量が用意されており、キャリアモードも実装済み。宇宙空間での各種ミッションは勿論、地球上でのミッションも種類が豊富で、一切宇宙に上がらず車と飛行機だけ作ってキャリアを進めることすらも可能なようになっている。残念ながら他の恒星系への移動というような壮大な要素はないが、太陽系の中だけであれば十分に広く、現実世界で言うところの土星〜天王星ぐらいまでは実装済みだ。

  • まだ巨大なロケットを作っていないせいかも知れないが、動作が軽快で、かつロケットが妙に「ぐにゃぐにゃ柔らかくねじれる」あの悪名高いKSP特有の挙動がまったくない。Strutを全体に貼り付けまくるお仕事からは開放されている。

  • 物理挙動の話をしても、特に翼の揚力計算は顕著にバニラのKSPより優れているように思える。KSPは異常に敏感に感じるが、本作の飛行機はもっと扱いやすく飛べるし、実際の飛行機の動きに近い(ような気がする、少なくともMicrosoft Flight Simulator的な飛行機の動きに近い)。


早速チュートリアルでテイクオーフ!初代KSPよりはきれいかなと言う程度のグラフィックだ。
チュートリアル内で宇宙用語の説明があるのは嬉しい
研究ツリーの例。例えばこの研究を行うとロケットエンジン設置時に150%の大きさまで巨大化させることができ、圧送式サイクルのエンジンが選択可能になり、燃料としてKerolox(おそらくケロシン+酸化剤だろう)が選択可能になるぞ。パーツがアンロックされると言うよりパーツの機能がアンロックされていくような感じで独特だ。
マップ機能もアンロックしないと使えない。
おなじみのマップ画面をアンロックしたところ。軌道ももちろん見えるし、AP/PEも表示される。私は個人的にKSP2のマップ画面が異常に見にくいと思っているのだが、このぐらいシンプルでいいんだよな。
飛行機のチュートリアルも細かくて良い。チュートリアルが存在する要素については文句なしによくできていて、説明もわかりやすい。
この青とオレンジ色の輪っかがオートパイロットをやってくれる仕組みで、現在ピッチ角5度を維持するように設定している。KSPにも似たようなSASロックの仕組みがあるのだが、あれは「現在の状態を維持しようとする」のであって「ピッチ角を5度になるように維持する」ものではないのだ。ピッチを維持するようなオートパイロットが欲しければMechJebを導入しなければならない。
もちろんキーボードのWASDでも全く違和感なく操作可能だが、こうなると久しぶりにフライトスティックを持ち出してプレイしたくなるな。


短所

  • 最初に先ず開発者さえも認めるであろう最大の欠点を指摘しよう。本作はKerbal Space Programではない。Kerbal Space Programではないため、Kerbalという名前の緑色の可愛い奴らを登場させることが出来ない。これこそが本作における最も致命的かつ修正不可能な欠点だ。
     KSPには「あの緑君」を爆発炎上上等でパラシュートもつけず宇宙に打ち上げてナンボだったからこその楽しみがあったのだ。本作にそのような楽しみは望むべくもない。一応、Droodという名前の宇宙服を着た人間生物はいるし、彼らを月に連れて行ったり宇宙ステーション上で住まわせたりといった遊び方もできる。しかしどう足掻いても緑君たちの愛嬌には太刀打ちが出来ない。

  • 次にゲームデザイン的な問題点を挙げよう。本作のロケットは全てプロシージャル手続き的自動生成なパーツで構成されており、これがKSPを上回る圧倒的に自由で奥の深いロケット設計を可能にしていると長所にて述べさせてもらったが、このプロシージャルな生成こそが本作の弱みでもある。平たく言うなら、KSPのほうがロケットを作るのが圧倒的に簡単なのだ。既に決められたサイズのパーツがあり、決められたとおりにしか接合出来ないということは、逆に言えば決められたように接合すればそれで大体それっぽくうまく飛ぶロケットが出来上がるということの裏返しだ。宇宙飛行に冠する知識が一切なくても雰囲気で燃料タンクにロケットエンジンを引っ付ければ飛んでいけるという気軽さがKSPにはあるのだが、本作はと言うと自由度の裏返しとして「ロケットの直径は50cmなのか1mなのか2mなのか1.3mなのか」だとか「ロケットの長さは3mなのか3.1mなのか」だとか「翼端長は3mにするか4mにするか」だとかそういう大きさの基準となる規格全てを自分が決めなければならない。大きさに応じて価格や重量などが決定される仕組みであるのがまずく、実際にパーツを置いてみてサイズを調整して後から初めて「重すぎた!」とか「小さすぎた!」だとかそういう結果がわかってしまうから、一から作り直しになったり、そもそも最後までロケットを組み上げることが出来なかったりする。結果として、本作はキャリアモードのチュートリアルが終わった後の2つ目か3つ目のミッションでもう進行不能になるほど難しい。KSPを数百時間プレイし、ロケットの作りにも宇宙飛行の基礎もISPの意味もデルタVの意味もTWRの意味も固体ロケットと液体ロケットの違いも全て諳んじられる私でさえもが、チュートリアルが終わった後3つ目のミッションで進行不能になるのである。私が保証するが、全くの素人さんではこのゲームのキャリアモードを進行することが出来ない。

  • その原因は初期から利用可能な固体ロケットエンジンの性能が文字通りのおもちゃで全く不足しており、かつより上位のエンジンをアンロックするための研究ポイントが貴重であり間違ったオプションをアンロックしてしまうと積んでしまうことにある。これらは本質的に「説明不足」及び「キャリアモードの研究のシビアさ」の2点に集約される。
     まず前者から。勿論本作のキャリアモードには立派なチュートリアルがあるし、比較的にわかりやすい説明も用意されている。だがチュートリアルがカバーできていないところに重要すぎる機能が隠されてしまっているのだ。具体的には「研究さえ事前に終わらせておけば、エンジンのサイズと出力を25~150%の範囲で自由に変更できる」だとか「ロケットの底面に複数個の小型エンジンを付けることができる」だとかそういった説明である。普通にプレイしていると底面の中心にエンジンがスナップして吸い付いてしまうため、複数個を円状に並べられるという発想が生まれてこないのだ。実際、KSPが底面に基本1つしかエンジンを設置できないシステムであるため、余計に勘違いが助長されてしまっている。

  • 「キャリアモードの研究のシビアさ」についても厳しく指摘しなければならない。本作の研究ポイントはKSPとは異なり特定のマイルストーンを達成したときにのみ与えられる。その上、各種アンロックに必要なポイントが相当高めに設定されており、パーツはアンロックされていても機能がロックされていて研究しないと使えなかったする(ヒートシールド機能がロックされていて使えないだの、ロケットエンジンのサイズを100%より大きく出来ないだの、ステージ数を3段より増やせないだの、惑星マップを見ることが出来ないだの、多岐にわたる)。ダメ押しトドメに最初から使えるパーツの性能がKSPより顕著に悪い。より沢山のアンロックを行わないと性能が出せないのに、そのアンロックのための研究ポイントが貴重すぎて、プレイングと選択次第では追加の研究ポイントを得ることが不可能な状態に追い込まれたりしてしまうのだ。
     KSPではいざとなったら緑くんを裸足で出撃させて宇宙センターの土を回収させて研究ポイントを確保したりといった裏技チックな方法もあっただろうが、本作にはそのような方法も用意されていないのだ。

  • 以上が本作に最優秀賞を差し上げることが出来ない理由で、ここからは些細な粗探しとなる。まずグラフィック。MODの入っていない初代KSPには勝るが、流石にその程度のレベルでは令和6年のゲームとして貧相である。

  • MODの話をすると、プレイヤー人口がKSPと比べて圧倒的に少ないのも相まって有益なMODが非常に少ない。KSPはMODを入れて遊んでナンボというほどにMODによる味変が楽しいゲームであるため実に惜しい。本作の知名度の向上と共に今後充実することを祈るしか無いだろう。

  • その他、チュートリアルの進め方次第では進行不能になるバグが現存していたりするが、これはきちんと言われたとおりにチュートリアルを進めれば回避可能であった。

  • あ、一応付け加えると、日本語非対応だ。私には一切関係ないが。


TPというのが研究に使うポイントなんだが、特定のマイルストーン(アチーブメント的なものだ)を達成したときにしか増えないのが相当しんどい。KSPみたいに研究機器を宇宙に打ち上げて使うとポイントが得られて、それを持ち帰ったりアンテナで送信したりする、という仕組みのほうが個人的には好きだ。そもそも今はロケットを生還させるメリットが非常に乏しいように感じる、なぜなら生還しなければならないというようなマイルストーンがほとんど無い。費用面ぐらいしかメリットがないか?
キャリアモードのミッションではこうして人物が登場するには登場するんだが、やっぱり緑君じゃないとなぁ、パッとしない。
最初の大気圏用ジェットエンジンがこれ。ここに到達するだけで30+50+70+90ポイントとかいうボッタクリみたいな額のTPを要求されてしまう。飛行機とクルマだけでこれだけ膨大なポイントを得るのは不可能ではないかと思っている。
実際に作ってみないと全然性能感がわからないのも問題で、適当にありものを組み合わせればそれっぽく動作するKSPとは偉い違いだ。例えばこの序盤のクルマミッション、街のすぐ近くにある山に登れというものなのだが、自分で適当に作ったオフロードカーだとタイヤがツルツル滑って全く登れる気配がない。何が悪いのかさっぱりだ。
重量が重すぎるのが悪いのではと当たりをつけ、車体を限界まで小さくし、タイヤも自転車用のように細く小さくするというオフロードカーとしてあるまじき対応を行ったところ、嘘のようにスイスイ登坂し始めて草しか生えない。こういう当たりをつけて試行錯誤するプレイができないと全く話が進まないのだ。繰り返すがこれはチュートリアルを抜けた次のミッションだ。


総括。KSPプレイヤーは是非、今だからこそ、一度手にとって試してみてもらいたい。また以前本作がSimple Rocket 2と呼ばれていた頃に手を出したプレイヤー諸君や、バージョン1.0リリースよりも前の時期(2023年初頭)に購入して眠らせていた皆様も是非今こそ試してみてもらいたい。つい先日5月2日に実施されたアップデートで本作の内容には更に磨きがかかったようだ。これまでの履歴を見る限り、更新頻度が優れているとは言い難いが、少なくとも開発元スタジオが閉鎖されたゲームよりは圧倒的に未来があると断言して構わないし、今この瞬間に遊んでも、本作JunoにはKSPと同じ良さが、KSPとは違った良さが確かに存在する。

緑君不在とMOD不足だけはどう足掻いても救いようがないが。真に惜しい。