《往復書簡》 金川晋吾より①

大崎清夏さま

 こんにちは。
 お手紙ありがとうございます! 僕は窓を開けて眠ることについて何かをそんなに思ったことがなかったので、窓を開けて眠ることに焦がれている人がいるというのがなんだかおもしろかったです。大崎さんが住んでる部屋は1階ですか?僕は2階に住んでいて窓から人や動物が入りこんでくることはなさそうなので、窓を開けたままで寝てしまうこともあります。泥棒が窓から入って来ることは考えたことがありましたが、動物が入って来ることは考えたことがありませんでした。大崎さんのなかで窓から入って来たらとくに怖い動物とか、何かイメージがあったりするのでしょうか。

 僕はここ数日、陶器作品の物撮りのデータ補正にかかりっきりでした。ただの慣れの問題かもしれませんが、自分はきちんと正しく写すということに全然自信がなくて、撮影中も、撮影後も、ちゃんと写っているだろうかとずっと不安でした。撮影の最中にモニターで確認はしているのにもかかわらず、です。そもそも、撮影はもう終わっているので今さら心配してもしょうがないのですが、しょうがないとわかっていても心配に囚われ続けていました。自分が日々感じている不安や心配のほとんどがこういう類いのものだと思います。こういう囚われからもっと自由になりたいと思っていて、自由になれたら楽になれるんじゃないかと思っています。でも、なかなかむずかしいですね。
 僕が自由とかについて考えているときというのは、「自分は何かに囚われている」というようなことを思っていることが多くて、自分というものに意識が向かいがちなのかもしれません。大崎さんが書いてくれていたような、「でも、もし駅全体が屋根で覆われてしまったら、そういう物事の移り変わりを見る喜び、窓を自分であけしめする自由のような喜びは、どうなってしまうのか」というようなかたちで考えること、自分を取り囲む状況のようなものを含めて考えるということをあまりやっていないのだと思います。でも、だからこそ、こうやって人とやりとりすることのよろこびがあるのかなとも思います。「駅全体が屋根で覆われてしまったら」という言葉をしばらく自分のなかで寝かせてみますね。

 僕は基本的にとても書くのが遅くて、書きながら考えていて、言葉を選ぶのにひどく時間がかかってしまいます。この往復書簡では言葉をあまり選ばずに書けたらと思ったのですが、やっぱりなかなかそうもいかなさそうです。書いてみたいことは他にもあるのですが、そうすると時間がかかるのでとりあえず今日はここらへんにしておきます。

2019年5月30日
金川晋吾

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遊びながら祈っています。笑いながら怒っています。詩集に『指差すことができない』(中原中也賞受賞)、『新しい住みか』(青土社)ほか。noteは、未だ見ぬエッセイ集の公開編纂のような気持ちで。(カバー写真・渡邊聖子)
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